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特集「過剰な女たち」

2014年5月26日

特集「過剰な女たち」 バッドガールズ (1994年 西部劇映画)

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監督 ジョナサン・カプラン
出演 マデリーン・ストウ/メアリー・スチュアート・マスターソン/アンディ・マクダウェル/ドリュー・バリモア

荒野をめざす女たち 

 監督が「告発の行方」のジョナサン・カプランです。ジョディ・フォスターやケイト・マクギリスと同じ、カプランの目にかなう女優が勢揃いしました。主演4人がいずれも「あの人は今」にならず、公開から20年間第一線にいるのは頼もしい。監督の目は確かだったようです。当時マデリーン・ストウ(「ラスト・オブ・モヒカン」)は36歳、アンディ・マクダウェル(「セックスと嘘とビデオテープ」)も36歳、メアリー・スチュアート・マスターソン(「フライド・グリーン・トマト」)は28歳、ドリュー・バリモア(「チャーリーズ・エンジェル」)は何と19歳でした。ガンさばき、乗馬、アクション、銃撃戦、いずれも特訓の効あってあざやかにこなしています。女性が主人公の西部劇といえばシャロン・ストーンがガンマンを演じた「クィック&テッド」があるくらい。本作は数少ない一本です。主人公はいずれも娼婦。娼館の経営者であるコーディ(マデリーン・ストウ)は、娼婦に嫌がらせをやめない軍人を射殺。縛り首の縄を首につけたコーディに町を浄化する神父がこんな言葉を投げつける「男を惑わし堕落させるアバズレめ。お前の股にはサソリがいる。目には目を。命には命を。汚れた娼婦に死を。売春は大罪だ。この町に疫病をまきちらし、太陽を曇らせ、月を血に染める魔女だ。その報いは死だ」。コーディはうるさそうに「早く殺して」寸前馬のいななきと砂煙が。アニタ(メアリー・スチュアート・マスターソン)、アイリーン(アンディ・マクダウェル)、リリー(ドリュー・バリモア)が馬車と馬を駆って処刑場になだれこみコーディを救出した。聖書はふみにじられ牧師は車輪の下に。処刑を見物にきていた町の男たちは膝を打って喜んでいる。実にテキパキした導入部です▼刑場を脱出した娼婦たちは夜、焚き火を囲み行く末を相談する。アニタの亡夫が残した土地の権利書とコーディの貯金を元手に製材所をやろうと決める。「体の代わりに材木を売るのよ」。娼婦という彼女らの立場をカプラン監督は映画の基調低音としています。新しい男と出会う、昔の恋人であったならず者に出会う、愛の始まりがあり、愛の終わりがあり、裏切りの愛と新生の愛がある、それらのシーンのすべてに娼婦という彼女らの過去と現在が陰になり陽になり、友情になり、悲しみにもなってドラマを構築します。カプランはこの映画の「娼婦」を「告発の行方」におけるテーミスと同じ位置に置いています。テーミスとは目隠しして剣と天秤をもつギリシャ神話の正しさと裁きの女神。4人の娼婦に人はどう係るか、その係わり方が人間を測る天秤であるかのようです▼粗筋はかなり盛り沢山で、製材所計画は頓挫するばかりか、コーディは昔の男キッドに資金は奪われリンチにはあい、死にかけていた自分を助けてくれた若い男もキッドに殺されます。女たちはいれかわりたちかわり、アイリーンはブタ箱に放り込まれる、リリーはキッドの捕虜になって荒くれ男たちにもてあそばれる、これでは娼館のほうがまだ安全だったと思うほどひどい目にあいます。おまけにアニタの亡夫の土地を妻は相続できなかった。人生再出発の計画はすべて水泡に。女たちはしかし、盗られたものなら奪い返せる、と結束します。キッドの巣窟に乗り込みひとり、ふたりと手下たちを倒していくプロセスもなかなかですが、やっぱりクライマックスはガトリング銃を撃ちまくる銃撃戦でしょう。疾走する馬車に飛び移るバリモアとか、暴走した馬を取り押さえるマスターソンとか、ジョン・ウェインも顔負けのシーンでした▼衝突や言い争いもありましたが彼女らはみな仲がいい(ト監督は設定しています)。そもそもコーディはアニタのいやがることをするなと言って男を撃ち殺した。アニタはコーディをだれよりも信頼し、縛り首の木から疾風のようにコーディをさらう。アイリーンは年齢からいってもコーディの補佐役である。アイリーンと格別仲がいいのがリリーで水浴びしながら「アイリーン大好きよ、キスさせて」アイリーンは「軽いキスだけよ」なんて言ってふざけあっている。牧場にとどまることを決めたアイリーンを残し女たちは出発する。エンドシーンは夕日が落ちる平原を疾駆する、荒野をめざす女たち。シルエットが決まっていました。

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