女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「女のわがまま」

2014年6月1日

特集「女のわがまま2」 クロワッサンで朝食を(上) (2012年 社会派映画)

Pocket
LINEで送る

監督 イルマル・ラーグ
出演 ジャンヌ・モロー/ライネ・マギ/パトリック・ピノー

パリのエストニア人 

 主人公アンヌ(ライネ・マギ)が、家政婦の仕事を引き受け、エストニアの片田舎からパリに暮らすエストニア人、フリーダ(ジャンヌ・モロー)を訪ねる。フリーダの住まいはパリ16区にある。そもそもここから、だれもなにもいわないうちから映画は物語を語り始めます。16区とはブーローニュの森の近く。パリ20区のうち二番目に大きい。ドビュッシーが住み、バルザックが執筆した家が残り(記念館になっている)、セーヌ川をはさんでエッフェル塔の対岸にあたる地域は高級住宅街の代名詞です。ちょっと足をのばせば凱旋門とシャンゼリゼ。シャイヨ宮と大小おびただしい美術館に囲まれたアートな一画。初めてパリにきたアンナが、フリーダの突慳貪な対応と毒舌にまいって、気を取り直そうと夜ひとり街に出る。街はアンヌの呼吸にあわせ、華やぎと孤独のいりまじった沈黙で異邦人を迎える。アンヌと夜のパリ16区の情景を取り入れたイルマル・ラーグ監督の意図は明らか。いうまでもなく「死刑台のエレベーター」の記念碑的シーンです。ジャンヌ・モローが夜の通りをあてもなく歩く。ショー・ウィンドウに映るのは翳りの深い非情な女。ジャンヌ・モローを「ヌーベル・バーグの女王」と呼ばせるに至った若きルイ・マルの決定打でした。監督はトランペットの演奏まで音入れするという編集ぶりでジャンヌ・モローへのオマージュを捧げています。それを当然と受けるモロー。彼女ほど「わがまま」が板につく女もいないです▼本作は映画化まで4年間、ラーグ監督は温めていた。アンヌのモデルは監督の母親です。しかしフリーダ役の女優に難航した。ジャンヌ・モローは候補にはあがったものの「あんまり大物過ぎて」声もかけられなかったと言います。4年間探したがどうにもみつからない。とうとうジャンヌ本人に打診することにした。脚本を読んだジャンヌは「改善の余地があるわ。それを話し合えるなら出るわ」。ジャンヌのことを監督は「演技に秀でた女優というより思索的な知識人」として捉えていました。ジャンヌにはフリーダについてのビジョンがあった。含蓄の深い言葉でこう述べています。「フリーダという女性はわたしにとっては通り過ぎた過程です。大事なことはその先にある人間性を見つけることであり、すでに見つけました。セットで鏡をみたら当然ジャンヌ・モローが見える。けれどわたしはフリーダをそこに想像する。役になりきるのです」。ジャンヌは撮影が始まる前にセットを下見したそうです。そこまでやる女優は少ないと監督は褒めていますが、気に入らなければすぐやりかえるための「下見」ですから、半分有難迷惑だったのでは。映画が始まっても監督はなかなかパリにアンヌをこさせません。雪深い田舎で、年老いた認知症の母親を介護するアンヌのやるせない身の上を叙述していきます。眠っている母親にアンヌが顔を近づけて臭いをかぐシーンがあります。寝たきりのお年寄りの介護では臭いは体の状態を現す大事な情報です。アンヌの介護が昨日今日始まったものではないことを示すシーンでした▼パリに到着したアンヌを、ステファン(パトリック・ピノー)という中年の男性がフリーダの家に連れて行く。重厚な室内を案内し「ここがフリーダの部屋だ。今日は遅いから挨拶は明日にしよう」部屋のドアだけが映されるのですが、中にジャンヌ・モローがいると思うだけでただの木製のドアがとてつもなく意味深にみえてくる、というふうに監督は撮っています。いよいよスクリーンに姿を現したジャンヌ・モロー。唇をいじわるそうに「へ」の字にヒン曲げ、ふてぶてしく人を人と思わない傲慢なバアさまである。アンヌを見るなり「荷物をまとめてすぐ帰って。来てと言った覚えはないのだから。朝食を下げてちょうだい」とジャブを一発。非礼もここまでくると挨拶のしようもなく、アンヌが呆然としているとつぎのパンチ。「香水の匂いがプンプンするわ。何種類も香水をまぜるのは悪趣味だわ」。あまりの応対にアンヌが「フリーダ」声をかけると「気安く呼ばないで!」▼ステファンは昔のフリーダの愛人である。夫の遺産を継いだ富豪未亡人のフリーダに資金をだしてもらってカフェを開店し、堅実に経営している。今はつかず離れず「お友達」関係が続いている。ステファンにしたらフリーダは肉親みたいになっている。ひとりでは身の回りが不自由だからと家政婦を探してくるが、気むずかしいフリーダに辟易してみな辞めてしまう。アンヌも例外なく辞めると言うのだが、ステファンは「フリーダは長年パリに住み、故郷のエストニアとは縁が切れた。君とぼく以外はね」その言葉の端に、貧しい国から異郷にきて、身過ぎ世過ぎしながら生活とたたかってきた女ひとりの身の上が、アンヌには彷彿とする。アンヌはこの偏屈きわまるいじわるばあさんのもとにとどまることにします。

Pocket
LINEで送る