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特集「女のわがまま」

2014年6月5日

特集「女のわがまま2」 パッション (2003年 恋愛映画)

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監督 ロジャー・ミッシェル
出演 アン・リード/ダニエル・クレイグ/キャスリン・ブラッドショウ

バチ当たりゃしないわ 

 どういうこと。男の腹の底には「年取った女は醜い」という通念があるのね。平気でババア発言をする都知事や女は食わしてもらっているなんていう元総理がいるくらいだからね。こんな知性と品性の持ち主に政治を任せていたのかと思うと寒くなったけど、大同小異の感覚は一般の男性にもあると思うのよ。むしろ男のそういう感性を鏡のように反映するのが女だと思える。妻であり母であることは果たすべき役割という生きる現実ではあっても、生きる意味を与える本質につながるものかしらね。つくった料理は食べてしまうし、掃除した部屋はすぐ散らかるし、子供は大人になるし、男の生産に比べて女のそれは、消耗と同義語ではないかとヴァージニア・ウルフが書いていたけど、アタリだわ。それにこの映画じゃ主人公自身が女の老いを嘆いているわ。年取るのは女だけじゃないのに、男性の老い以上に女の老いが醜いものとサディッションされてきた現実はないだろうか。女の美しさとは、男が賛美する美だと思わせられてきた事実はない? そらね、女にとって自らの老いをみつめることは苦痛ですよ。力は弱ってくるし昨日できたことが今日はできなくなる。みじめだったらない。でもそれは女だけのことですか。男だって同じように弱っていき、バイアグラに血道をあげる人だっているじゃないですか。女が男以上に自分の老いを屈辱的で、無価値の存在として自虐的に受けとめるのは、女の肉体美は男の性愛を歓喜させるものとして捉えられてきたからでしょう。ほとんどの女が自分の人生を生きる主体であるより、男に愛され男に付属するヒロイン役なら受け入れてやすいと思ってきた。そうでない我の強い自分の生き方を主張する女は世間からはみだし、娼婦か、魔女か、狂女として扱われがちだった。逆にいえば男が紡ぎだした夢と制度のなかにいるかぎり、女は安全圏にいられた▼この映画のヒロイン、メイ(アン・リード)は遅ればせだけどこう言う。「時代は女につつましさを求めた。わたしも従ってきた。でも数分前にやめた!」。彼女は長年連れ添った夫が急死、息子の家に身をよせるが孫も嫁もよそよそしくていたたまれず娘の家に行った。娘はバツイチで不倫中。相手のダーレン(ダニエル・クレイグ)は定職がなく、アルバイトで増改築をやっている。野卑で教養のない男とみてメイは毛嫌いし、妻がいる男なんて早く別れるよう娘を説得する。娘は娘で母親に長年遺恨を抱き続けてきた。「お母さんはわたしをほめたことがない。否定するばかりで兄さんだけ可愛がった」ですって。若くて体力のあるときならいくらでも迎撃するが、年取ってダンナも死に、息子は結婚して嫁と子供のもの、そこへ恨み辛みではちきれそうになった娘の逆襲となると、身から出た錆かもしれないが、母親としては辛いものがあることはわかる▼娘はダーレンの気持ちを確かめてみてくれ、と母親に頼む。メイはダーレンにお茶をいれたり、ランチをつくってやったりしながら話す機会をこしらえるが、ゆっくり向き合ってみると、粗野なごろつきだと思っていたダーレンが、機知もあり世間の男のように女への年齢差別がなく、あなたも人間、わたしも人間、というこだわりのない、いいテイストを持っていることがわかる。散歩に出てビールを飲んだり、ワインを飲んだりしているうちに、メイはダーレンが好もしくなる。夫は自分を便利使いし、独占したがり友達をつくることもいやがったとメイが言うと、ダーレンはあえてメイに味方はしないが「女を不幸にして喜ぶ男がいる、ボビーがそうだ」なんとボビーとはメイの息子である。母親への冷たい仕打ちがダーレンにはそう映ったのか▼メイがダーレンをベッドに誘ったシーン。「どう? ぶざまな体でしょ。やっぱりダメ。わたしが触るのもいや?」「いいよ」とダーレン。メイは「わたしに触ってくれる?」「それがいいなら」ダーレンの愛撫を受け「もうだれにも触られないと思っていた。葬儀業者以外は」。な、なんという告白。ダーレンは黙っている。この沈黙にメイはやさしさを感じる。ふたりの仲は急展開しメイは活気をとりもどすが娘の知るところとなる。娘はダーレンが妻と話をつけてこの家にくるから母親に出て行ってくれと言い、胸のなかをぶちまける。「あなたが嫌いよ。いい母親だったとは思えない。すべてを失った気分よ。父親に恋人、母親も。でもわたしは生きている。知りたいの。わたしになにができるか、なにが得意なのか、あなたから否定ばかりされてきたけど長所はあるはずよ。必ずみつけてみせるわ」。メイは子供たちのもとを去り、夫といた田舎の家に帰る。息子にとっても娘にとっても万事めでたしである。孫はもともとなついていない。メイはダーレンと行くはずだった外国の旅へ。荷造りすると晴れ晴れと家を出る。人生の究極は自分がどう充足するかの道をみいだすことであろう。決しておめでたい映画ではないですが、メイの越し方をみれば、生きているあいだにこれくらいのわがままやったって、バチあたりゃしないわよっていってあげたい気になります。彼女の諦観した明るさが前向きでいいですね。

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