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特集「女のわがまま」

2014年6月11日

特集「女のわがまま2」 エンジェル・アット・マイ・テーブル (1990年 伝記映画)

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監督 ジェームズ・カンピオン
出演 ケリー・フォックス

無心、無我そして無敵カ 

 ニュージーランドの作家ジャネット・フレイムの自伝をジェームズ・カンピオンが映画化した。カンピオンはご存知ニュージーランドの出身です。「ピアノ・レッスン」の冒頭、白い牙を剥く灰色の海、荒波打ち寄せる無人の浜辺、あのイメージは忘れられませんね。ところで本作のヒロイン、ジャネット(ケリー・フォックス)は、教員時代にストレスから自殺未遂を図り、精神病院に収容。それもかなりいい加減な説明を鵜呑みし、病院では母親が迎えにきているにもかかわらず、 退院するのがイヤだと泣き、仕方ないもう少し入院していようとなって、重症患者の入る病棟に入れられてしまう。当時の精神病棟なんか体のいい隔離病棟でろくな治療なんかない。歯が黒くなるまで虫歯を放っていたジャネットは、治療だとして歯を全部抜かれるし、ベッドにしばりつけられて理由もなく200回も「死刑のようにイヤで辛かった」電気ショック療法を施される。とどめはロボトミーである。なぜそんな治療が必要なのか説明もなく「お母さんも了解して」だけで植物人間にされるのである。少なくともジャネットは教師になるため師範学校を出た知識の持ち主が、ロボトミーの意味を知らなかったはずもなく、母親に一言の確認もなく諾々と受け入れるか?▼このヒロインはフツーで考えると異常なほど内省的で、人と話すのがいや、世間にでるのが辛い、自分を主張するのが苦手、とはりめぐらしたバリヤーに身を潜め、息さえ殺して生きてきたようなものだ。外界の空気に触れると皮膚がただれる、そう思ってしまうほど病的に繊細なのである。ロボトミー直前に妹が出版社に送った原稿が文学賞を受賞した一報が入り、やっと病院を出られた。こんな内気な女性のどこが「わがまま」なのか。ところが彼女独特の粘りというか不屈の意思というか、戦わずして自我を貫く不戦の魂というか、8年間それも青春の8年間を強制的に入院させられ、長い間人に心を閉ざしたせいで性別さえ失った気がしたとジャネットは言うが、退院後「総合失調症」は誤診だったとわかるのよ。どうしてくれるのよって思うでしょ。だからといってだれかをうらむ様子もなく、入院中黙々と書きためた原稿を発表した。作家として世にでた彼女は見聞を広めるため、アメリカ人と同棲し妊娠し流産するなど、苦い経験もするが徹底的なダメージになっているふうではない。なにがあろうと起ころうと、ジャネットから「書くこと」を奪うのは不可能だったのだ。そこが精神病院だろうが異国だろうが、島流しだろうが監獄だろうが彼女は書いたのである。無心というか無我というか、いいや、いちばん適切なのはこれ「無敵」であろう▼カンピオン監督はそんなジャネットを、美しい祖国ニュージーランドのように愛している。タイトルはリルケの最晩年のフランス語詩集「果樹園」の「あわてなくていい、天使が不意にお前のテーブルに舞い降りたとしても」に由来する。そもそもリルケとは受容の詩人です。彼の内気はジャネットと共通するが内気とはいえ女性に、とくに年上の女性にリルケは愛された。ルー・ザロメとはあっというまにロシアに旅行するし、世界文学史上の傑作(この大げさなことよ、それにまちがいないとしても)「ドゥイノの悲歌」は、ギリシャのエーゲ海ドゥイノの断崖に建つ古城、持ち主はホーエンローエ公爵夫人という、いかにもドラマティックな環境で彼の晩年の大仕事となったが、この長編詩が完成するまでにリルケはピアニストと恋に落ちている。まさかカンピオン監督、あなたまでリルケ信者ではないでしょうね。いえね、どことなくこの映画の力強さって、天使でもなければできない、人間離れした受容力にあるような気がしましてね。とにもかくにもジャネットは作家となり、毎年のようにノーベル文学賞候補となって、一生もうだれにとやかく言われずにすむ「書きたいものを書く」最高のサクセスを与えられました。誰から? 机に舞い降りた天使からに決まっているだろ。よかったなー。でも監督154分はちょっと長かったぜ。

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