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特集「ディーバ(大女優)」

2014年6月15日

特集「ディーバ13」メリル・ストリープ ソフィーの選択 (1982年 シリアスな映画)

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監督 アラン・J・パクラ
出演 メリル・ストリープ/ケヴィン・クライン/ピーター・マクニコル

魂の孤島 

 どこがいいとか、ここがいいとか言う以前に、心に残る、どうしようもなく心に刻みつけられる映画というのがあります。それをたどっていけば、あるシーンのあるセリフだったり、それを言ったときの役者の表情だったり声だったり、忘れられない風景だったり、歌だったりします。この映画ではなんだろう。ひとつはブルックリンの橋です。作家になろうとニューヨークに出てきた22歳の南部の青年スティンゴ(ピーター・マクニコル)の小説が素晴らしい、お前は明日の大作家だと、同じアパートの住人ネイサン(ケヴィン・クライン)とソフィー(メリル・ストリープ)が橋の上で祝杯をあげる。スティンゴはネイサンとソフィーの関係がなかなかわからない。愛し合っているにはちがいないが、スティンゴの目の前でネイサンはソフィーのことをポーランドの売春婦とののしったりする、と思えば熱烈に求愛しソフィーもそれを受け入れる。スティンゴのとまどいがそのまま劇中の進展と歩みを同じくし、いつまでたっても本題に入らない、観客はだんだんもどかしさを感じます▼パクラ監督はそれを見越したように、ソフィーとネイサンのエピソードをじっくり煮込みながら、このふたりがかかえる悲劇を煮込んで行く。時代は1947年。ナチ収容所から解放されたソフィーはアメリカに来ていた。詩の勉強会で知った「エミリー・ディキンソン」の詩集を探したいとやってきた図書館で「ディキンソン」を「ディケンズ」と間違え、係員と押し問答しているとき、貧血を起こし失神した。助けたのがネイサンでそのときが「奇跡の出会い」だったと彼は言う。ネイサンはハーバードで生物学を専攻、有名製薬会社で新薬開発に携わる若手研究者だ。食事したりお互いの部屋を行き来したりしてスティンゴはネイサンたちと交友を深めていくが、ネイサンの突発的な怒りにたびたび遭遇する。彼はソフィーに「アウシュビッツで多くの人が死んだのに、なぜお前は生きているのだ」とネイサンがわめくのを聞く。そんな場面に遭遇するたび、少しずつソフィーも身の上を話し始めた。このへんの進め方は上質のミステリーといえる。あるときはメリル・ストリープのひとり語り、あるときはドキュメンタリー、あるときは脇を固める登場人物による証言、こまやかな技法を駆使して、パクラ監督はていねいにソフィーがかかえる闇の奥にスティンゴを、すなわち観客を導いていく▼ナチ収容所に連れて行かれたソフィーは、ふたりの子供のうちひとりを生かしてやる、どっちか選べといわれ、できるはずがないと叫ぶが、ならば「ふたりとも焼却場行きだ」と宣告され反射的に「娘を連れて行って」と叫ぶ。小さな女の子は泣きながら連行される。残る男の子も隔離収容所で生死不明のまま戦争は終わり、行方がわからいままソフィーはアメリカに来たが、すでに生きる気力も希望も失っていたといってよい。自分は生きる価値もなく、幸福を求めるに値しない人間だと思っている。ネイサンと奇跡の出会い? とんでもない。ネイサンの兄に会ったスティンゴはネイサンが妄想型総合失調症であることを知らされた。ハーバードも生物学者も真っ赤なウソで、図書館の閑職でほそぼそと食いつないでいるのだった。ソフィーに知らせないでくれとネイサンは兄に頼んだが、ソフィーは不安定なネイサンの精神状態から、ほぼ察していた▼自分はいつ死んでもいい、気がかりなのはネイサンがひとりで死ぬことだというソフィーの愛に、スティンゴは透き通ったものを覚える。ネイサンの人格は破綻している。自分と故郷で暮らそうとスティンゴはソフィーに結婚を申し込む。ソフィーは、自分はあなたの子供の母親にふさわしくないと拒否し、初めて収容所で自分が娘を棄てたことを打ち明ける。そしてスティンゴに言う。「明日あなたの農場へ行きましょう。スティンゴ、結婚の話はしないで。子供の話もしないで。充分でしょ。農場へ行き、少しのあいだ生きているだけで」魂の孤島に立っているような言葉だ▼目が覚めるとソフィーはいなかった。メモに「ネイサンを置いてきたことを例えようもなく後悔した、だから自分はネイサンの元に戻る」そうあった。人生に希望も光も感じて生きていけるスティンゴと、とりかえしようのない自分の人生は異界であり、交差する接点はどこにもない、いつかふたりは破局を迎える。ソフィーにはそう思えた。ネイサンが逃避する妄想の愛、虚構の生、自分の安んじる場所はむしろそこにある。ふたりが選んだ安息は死だった。それが最後のソフィーの選択だった。ネイサンもソフィーも自分がこれからかかえて生きていくものがつらすぎたのだ。スティンゴが見たのは、安らかな寝顔のような遺体だった。

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