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シネマ365日

2014年6月25日

キャット・ピープル (1942年 ホラー映画)

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監督 ジャック・ターナー
出演 シモーヌ・シモン/ケント・スミス/ジェーン・ランドルフ

「気配」を演出する

 1942年に製作された主役三人のホラー映画、といえばなにが考えられるだろう。今から71年前だ。昭和17年だった。日本は(アメリカもだけど)太平洋戦争の真只中で6月にミッドウェーで大敗、8月のガダルカナル攻防で日本はガダルカナルを放棄した。アメリカでは「カサブランカ」が製作されディズニーの「バンビ」が公開された。与謝野晶子が没し北原白秋が鬼籍にはいり、ポール・マッカートニーとマーティン・スコセッシが生まれた。それがなにか「キャット・ピープル」と関係あるか。ないかもしれないが人の気持も社会の空気も、平穏な時代でなかったことだけは確かだろう。主なる登場人物三人、せいぜい四人というこの映画はつまり、特撮技術もない時代の、筋書きもそうこみいった内容になりはずもない、おまけに世間の関心が映画どころではなく、従ってろくな予算もなかったときにつくられた映画ということになろう。そういうきわめて限られた条件を考えればこの映画は奮戦している。ちゃちなセットを補う鋭いライティングは人物の心理状態まで表現し、役者が交わすセリフは最小限度でストーリーを暗示する。しかもてきぱきと切り替わるシーンはたった三人、もしくは四人の人物の心理と行動の変化を的確に映し出す▼技師のオリヴァー(ケント・スミス)はセントラル・パークの動物園で黒豹をスケッチしていたイレーナ(シモーヌ・シモン)に声をかけ、興味を惹かれる。彼女はセルビア人でアメリカに友人もなく、大邸宅に一人住まい。しかも自分が魔女の末裔で、嫉妬したり怒ったり興奮すると黒豹に変身するとオリヴァーに打ち明ける。もちろんオリヴァーは信じない。二人は結婚しオリヴァーはイレーナの家に住む。豪壮なのだ。重厚な螺旋階段、格調高い家具調度、窓や室内の洗練された装飾品。そこにたったひとりなのだよ、ひとり。これだけで尋常な世界でないとわかりそうなものだが。オリヴァーは根気よく愛の言葉をささやいている▼しかしだ。性的にも興奮すると黒豹になると恐れるイレーナはセックスできない。オリヴァーは理解を示して「君がその気になるまで待つよ」というが…オリヴァーは子猫買ってきてイレーヌの気をまぎらわそうとするが子猫は毛を逆立てイレーヌを嫌う。逆にオリヴァーの同僚のアリスにはなつくものだから、何という理由もなくオリヴァーはアリス寄りになる。子猫の使い方がうまかったですね。猫は嫌いだからカナリアと交換してというイレーヌの頼みをきいてペットショップに行ったふたりだったが、イレーヌが店内に入ったとたん犬も猫も小鳥も猿も異様におびえ気が狂ったように騒ぐ。家に連れてきたカナリアはイレーヌがさわると死んでしまう。オリヴァーが紹介してくれた精神科医がアリスのツテによるものだと知ったイレーヌは、嫉妬と動揺でますます自分が黒豹に変身する予感を強める▼アリスの身辺で不可思議な現象が起こるようになる。なにかが近づく気がするが目にみえない。夜更けの暗いトンネルで、壁際で。会員制スポーツジムのプールで(戦争中だというのにこういうシステムがすでにあったのだ、アメリカでは)。アリスがひとりプールで泳いでいるとなにかに見つめられている気がする。水面の波に交錯する光と影のコントラストがアリスの不安を増幅する。ジャック・ターナー監督の「気配」の演出は最高です。この監督術なら俳優が三人でも二人でもたとえひとりでもホラーを成り立たせたにちがいない▼オリヴァーという男は葛藤するイレーヌが手に負えなくなり「彼女を愛しているかどうかわからなくなった」とアリスの前で気を引きふたりはせっせとイレーヌの悪口をいい、精神科医をまじえての談合は、イレーヌを精神病院に入れると離婚できないからなんとか協議離婚にもっていこう…イレーヌ、もう悩む必要なんかない、豹にでも虎にでもなってこいつらにかぶりついてやれ。でもちがう。イレーヌはそっとオリヴァーの幸せを願いさりげない別れを告げるのだ。イレーヌは彼女を犯そうとした精神科医から身を守るときとうとう黒豹に変身し、彼を噛み殺す。悲劇は一方的にイレーヌに生じて、ナンパする男や不倫女の身の上にではないのだ。まいったね。これこそホラーではないか。最後はちょっとあっけないかもしれないけど、わずか70分の映画を無駄一つない運びで充実させた手腕を思えば充分でしょ。

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