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シネマ365日

2014年6月29日

チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3 (1991年 アクション映画)

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監督 チン・シウトン
出演 トニー・レオン/ジャッキー・チュン

極彩色のアクション

 シリーズ3作目。トニー・レオンが29歳のときです。中国映画の劇の盛り上げ方ってハリウッドもはだしで逃げるものがあるのよね。とにかくハンパじゃないところ。日本人だと照れくさいとか、大げさだとして引いてしまうところを徹底的に書き込むベタベタの極彩色スピリッツは、とくにド派手なアクションで精彩を放つ。ジョン・ウーの「レッド・クリフ」やアン・リーの「グリーン・ディスティニー」も中国伝統の遺伝子を受け継いでいる。香港映画がアクションにめざめたのはブルース・リーという天才を得てからだと思える。「燃えよドラゴン」は1973年の製作・公開だった。でも「ドラゴン」が目覚めさせたのははたして武術によるアクションだったのか。本作のアクション監督は水の場面でいちばん苦労したと語っているが、そのとき彼が「アクションとは振付だ」と言った言葉が印象に残った。アクションとは、そうか、振付なのか。そう思ってみれば見事なアクションをみせる俳優たちの挙手挙動が、じつに美しい演技であることがひとつも不思議でなくなる。この映画の荒唐無稽さは一種、暴力的なまでの豪腕さがくらわすアッパーカットであって、どれだけバカバカしいかが価値を測定する目盛りに至っている。だから俳優も監督もいっさい手加減しない。忸怩たるものはかけらもない。みな全員で大真面目にふざけているのだ▼本作の舞台は第一作の百年後。主たる登場人物は幽霊の美女と人間の男の悲恋で、妖怪ロウロウが復活する。彼はもはや完全にオッサン状態である。物語にあるアンデルセン童話の悲愁のような趣もけっこうな愁嘆場として生きている。音楽もいけるし特撮もみごとだ。そもそも幽霊に色気がありすぎる。誘惑に手練手管の長けた妖艶な幽霊に、人間社会より幽霊の世界のほうが幸せという薄幸の美女幽霊、幽霊の業界にもつきもののグロテスクな妖怪に身売りせねばならぬ人身御供みたいな幽霊もいて、どこに行っても人間の娑婆世界の縮図であるところが笑わせる▼粗筋はこうだ。大国寺に黄金の仏像を納めるために老僧・白雲とその弟子フォン(トニー・レオン)が旅していた。途中雨宿りのために寄ったあばら屋で、イン(ジャッキー・チュン=前作で妖怪ロウロウをやっつけた道士)と出会う。町で喧嘩にまきこまれたとき、インのふるった剣がフォンの背負う籠を切り金の仏像の存在を盗賊たちに知られる。危機を感じた白雲はすぐ町を離れ蘭若寺に向かう。町のごろつきたちは仏像を狙って白雲とフォンを追う、女の声に引き寄せられて森の中にそびえる屋敷にたどりつく。そこはあの千年樹の妖怪ロウロウの屋敷であり、インにやつけられたロウロウは百年のうちに妖怪力を復活させていた。ロウロウは再び幽霊たちを従えて人間の精気を吸い取ろうとしていた▼このロウロウであるが彼の武器は舌である。ベローンと長い分厚い舌が何メートルものび、人間は巻き上げる、絞め殺す、建物は破壊する、叩き潰す、圧死させる破壊兵器なのだ。ロウロウが千年大樹の根本に置いている骨壷に美女幽霊たちの魂が入っており、ロウロウがこれを持っている限り幽霊たちは解放されない。美女幽霊のひとりに恋したフォンは恋人を取り返すためインとともにロウロウに闘いを挑む、というと勢いがいいが、そこは現実把握のすばらしい中国のこと、強者にまともにぶつかる無益な闘いを避けつつ、弱点をさぐりつつ勝機をみつけていく。老師はこれまた神通力を繰り出し、空飛ぶ絨毯、いや空飛ぶ袈裟に飛び乗ってフォンやインを助け窮地を脱出し、美女幽霊をも成仏できるよう奔走し、万策つきた最後の手段は自分の黄金の血を降りまいて辺りに虹色の混乱を生じさせ、フォンを黄金仏に変え太陽の陽力を体現させて妖怪を滅ぼさせるという、なんだか書きながらわからなくなりそうなほど、すごい老僧なのだ。美しい姉妹幽霊も現れ、裏切ったり裏切られたり、ロウロウの命を受け老師、フォン、インと対決するのだが、妖術の特撮がダイナミックだ。とくに黒山妖怪の形象はグロテスクというよりユーモラスですね。

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