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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2014年7月16日

特集 美しい虚無=妄想映画の魅力 まぼろし (2001年 ミステリー映画)

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監督 フランソワ・オゾン
出演 シャーロット・ランプリング 

訪れる気配 

 ヒロインのマリー(シャーロット・ランプリング)の前に広がる海。そこはフランス南西部のランド。打ち寄せる波と水平線。人影はない。映画が始まってまもなく夏の海が、そしてラストには冬の海が映る。マリーは大学で英文学を教える。朗読するテキストはヴァージニア・ウルフの「波」だ。この映画には永遠と虚無のイメージとして、寄せては返す果てのない波の形象が重要な役を果たします。人はどうしたらこの虚しさに耐えられるか。この映画のテーマはそれがひとつ。虚しさは耐えるものではなく受け入れるものであり、受容することが現実を生きることだという認め方がひとつ。喪失とそれを受容するプロセスが美しい映像で叙述されます。茫漠とした海に立つ夫のまぼろしに向かって、走るヒロインがせつない。それまで認めたくなかった夫の死を、もう否定することをやめ受け入れようと決めた、悲しみがあらためて押し寄せてくる、滂沱と流れる涙の向こうに、やっぱり夫のまぼろしが見える。いくら夫の死を認めても、まぼろしは波のように寄せては返し、現れては消えるだろう▼マリーとジャンは仲のいい夫婦だった。結婚して25年。子供はいない。休暇をふたりで過ごすため南仏の別荘にやってきた。海へ出でマリーは砂浜で本を読み、うとうとしてとなりを見たらジャンがいない。あたりをみたが人影はない。マリーの胸騒ぎをかきたてるように波の音が大きくなる。ジャンは消えたのだ。パリに戻ったマリーは普段と同じ生活を続ける。夜、パーティから帰宅して暗闇のソファにすわり、ほっと息をつく。ソファに横たわる。眠っていると思った夫の、起きている気配がして微笑む。翌朝。マリーはキッチンにいる。微笑んでいる。振り向くとジャンがいる。向い合って朝食を取る。トーストにバターを塗りながら、「今日は仕事に行きたくないの」とマリー。ジャンは黙っている。マリーの想念のなかにいるジャンだからあれこれしゃべりはしないのである。マリーはバターを塗る手をとめず「あなたとこうしていたいの」と言う。ここでマリーが感じるのはすべて気配である▼相手が夫でも妻でも、友達でも、男でも女でも「仲のいいふたり」にはそういうところがある。彼や彼女が近づいてきた、そばにきた、そんな気配だけで微笑んでしまう。安心するというのでもない、安心には庇護される感覚があるがそれではない、もっと自分だけにわかる「満たされるもの」だ。その人がなにかしている。なにか食べている、お茶を飲んでいる、本を読んでいる、自分がいることに気をとめずなにかしている、そんな無心の姿をみながら「あなたとこうしていたいの」と思う…▼ランプリングはこのとき54歳だった。とてもきれいだ。自分を抑制することが身についた知的な女という身の丈の役柄を自然体で演じる。ジャンがうつ病の治療で薬を服用していたことを、死後に知ったマリーは姑から「そんなことも知らないで」と剣突を食らう。嫁姑のバトルがすごい。子供がいない嫁に姑の風当たりは強く、息子のことを世界でいちばん理解しているのは自分だとして譲らない。うつ病のため自殺も考えられるという嫁に、ジャンは自殺などしない、あなたに飽き飽きして失踪したのだと言ってのける。マリーも負けず「養老院より精神病院にはいるべきだわ」それに対しどっこい姑は「それならあなたのほうが先だわね」▼マリーの仮想現実(ジャンが生きているものとして日常ふるまっていること)を心配した友人の、同じ大学の女性教授が男友達を紹介する。気がなさそうにマリーはつきあうが、それでも何度かベッドをともにする。いつまでたってもマリーは気のないままなので、そろそろ現実を受け入れたらどうかと男友達は言うが、彼女はつっけんどんに「あなたは重さがないのよ」とにべもなく言いバイバイ。ジャンは大柄で太った男だったから物理的に重量が不足しているのか、それとも男としての力量をいうのか、どっちかわからんが、しかし映画の登場の仕方でみる限り、ジャンの姿の消し方には現実のビジネス社会でばりばり仕事をこなしていた男の精気は感じられず、生気を失った抜け殻状態だった。そうこうするうちに肉体も魂もほんとに消えてしまった、というあんばいだった▼マリーの喪失の深い悲しみはいつか癒される。それまではまぼろしを抱き、まぼろしを追い、涙し、まぼろしに語り、訪れる気配にひとり微笑もう。感傷のないそんな突き放し方が、人生の実相をあざやかに映し、かえって清々しい。

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