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特集「新宿2丁目を連れて歩きたいボーイフレンド」

2014年7月18日

特集 新宿2丁目を連れて歩きたいBF ギャスパー・ウリエル「ハンニバル・ライジング」 (2007年 サスペンス映画)

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監督 ピーター・ウェーバー
出演 ギャスパー・ウリエル/コン・リー

ハンニバルの魅力 

 ギャスパー・ウリエルを適役といわずだれがいるというのか。彼が演じたハンニバル・レクターの魅力を、原作者トマス・ハリスはこう分析している「ハンニバルは大人のお伽話であり、ゴシック・ウェスタンの復讐劇の主人公だ」。ああそう。これは「大人のお伽話」なのね。なるほど。原作者は始めから現実離れした「ありえない男」を作り出すつもりだったのね。ギャスパー君、きみは「ありえない男」なのよ。すなわちハンニバルとはフツーの悪党のレベルを超越した悪のヒーローである。生まれはリトアニア貴族の名門(イギリスだとか、フランスだとかだれでも知っている国でない辺境の国であるところがいい。ドラキュラのトランシルバニアのようにミステリアスだ)、広大な領地にあるレクター城に育ち、幼少にして将来の美貌を約束された面立ちと優雅な振る舞い、妹のミーシャときたら思わず食べたくなるケーキみたいな少女である。兄ハンニバルは妹思いのやさしい兄。父母の愛に育まれ英才教育のもと6歳にしてドイツ語、英語、リトアニア語の三ヶ国語をマスターし、天才的な頭脳の片鱗を示した▼そこに戦争。本作は戦争によってハンニバルがはまった運命の奈落を描くが、どっこい、原作者はその逆境こそがハンニバルと天才を目覚めさせたと規定する。戦争による家族の虐殺と妹のカニバリズム(人肉嗜食)という苛烈な体験がなければ、ハンニバルはただの秀才の優等生で終わったであろう(ト原作者は思わせる)。レクター城はロシアに接収され、ハンニバルは孤児としてそこに収容された。彼は脱走する。このあたりのやりくちから、既にハンニバルが奸智に長けていることを本作は垣間見せる。叔父は高名な画家である。つまり、ハンニバルは文学の素養にすぐれアートの才能も受け継ぎ、叔父の日本人妻であるレディ・ムラサキによって武士道の理想である「文武両道」に習熟する。本作のヒロインでもあるムラサキとは、トマス・ハリスが「源氏物語」に敬意を払い、原作者・紫式部から命名した。こういうところにトマス・ハリスの一流好みがよく現れていますね。なにしろ紫式部は「ユネスコが選ぶ世界の偉人」にただ一人日本人から選ばれた超マドンナである▼ムラサキの教養と知性が甥を磨き上げる。日本武士道のストイックな厳しさと残酷さがハンニバルを魅了する。戦で敵方の生首を首級としてあげる武士の習いに、ハンニバルの魔性が蠢き始める。レディ・ムラサキを侮辱した市場の肉屋が魚釣をしている明媚な池畔で、ハンニバルはマンドリンを弾きながら待伏せしている。すべてにおいて、たとえ殺人においてであろうと優雅でなければならない(彼なりに、だけど)ことはハンニバルの金科玉条である。若造だとみくびった肉屋が悪口雑言を言い終わらないうちに、彼のドテッ腹は日本刀で真一文字。ハンニバルは快楽的な笑みを浮かべながらなおも腕、背肉、指、と切り刻む。ハンニバルには独特の儀式があることをムラサキは知ることになる。ろうそくを立てた祭壇に飾った生首という、常軌を逸した行為をムラサキが責めると「あなたに対する非礼にはけじめが必要です」美青年は静かな声で答える。ハンニバルの特徴のひとつとして、ほとんどまばたきしない▼このギャスパー・ウリエルが妖しい美しさを湛えていましてね。アンドレ・テシネ監督が「かげろう」で、エマニエル・ベアールの相手役に抜擢した俳優です。そのとき19歳だったギャスパーは本作で23歳。たっぷりな黒い髪を一筋二筋、白い額に垂らし、まばたきしない目で相手をみつめ、声はどんなときももの静か、言葉少なに話しかける、知性と自信にあふれる白皙の青年として登場しました。パリで医学生となった彼が没頭したのが解剖学。精緻極まる美しいまでの解剖図に、ムラサキはハンニバルの危険な耽溺を感じます。鋭い判断力、獣のような瞬発力と行動力、人の心を思いのままにあやつる異常なまでの言葉の能力、ムラサキは自分を愛しているというハンニバルの告白を受け、彼の魔性を覚醒させたことに自責の念をぬぐえず彼から距離を置こうとする。でもあとの祭り。ハンニバルは孤独を強め、それによって彼の悪魔的な性向が、いよいよ支配を強めていく▼ハンニバルは妹の復讐を遂げる。犯人は5人か6人いましたけどね、殺し方はみな異なる。木にしばりつけて馬に綱を引かせ、目から血を噴き出させる、頸動脈は破裂。解剖室のホルマリンのプールに他の死体とともに沈め、プールを密閉しホルマリンを注ぎ込んで水死させる。日本刀の短刀でアゴから脳天にかけ貫く。露わにした男の胸に鋭利なナイフで「M 」(ミーシャの頭文字)を刻み、頬を食いちぎる。ハンニバルは当局の追跡を受け、炎上する船で爆死したと判断され捜査は打ち切り。彼はアメリカにわたり精神科医を開業します。「羊たちの沈黙」にせよ「ハンニバル」にせよ、悪のスーパーヒーローという位置づけは変わりません。彼は自分が知性と感性にすぐれ一流の教養を備えていることに強いプライドを持ち、能力が伍する相手には共感と理解を深めようとします。FBI捜査官のクラリスがいい例ですね。彼女とは理解を越えた仲になりますが。ともあれ本作はハンニバル・レクターという「この世にありえない男」の誕生秘話です。一分のたるみもないピーター・ウェーバー監督の力作です。彼の作品には「真珠の耳飾りの少女」(2003)、「終戦のラスト・エンペラー」(2012)があります。

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