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特集「男前」

2014年8月4日

特集「男前」 ティルダ・スウィントン(下) 少年は残酷な弓を射る (2012年 社会派映画)

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監督 リム・ラムジー
出演 ティルダ・スウィントン

息子を愛せない母 

 ティルダ・スウィントンっていう人、ときどき思い切ったことをするのですね。「スノーピアサー」の大変身もそうでしたが、この映画では「結婚し出産して子供を得た女性は、幸せオーラに包まれ、母性愛に満ちて人みなにやさしくなると思われていそうだが、わたしは出産前から必ずしもそうではないと思っていた。でもそれを言葉に出す人はいなかった」と言っています。マタニティ・ブルーとはちょっとちがう、クイアな母親像があることを自分の経験から認める、という感じの発言でした。かなり大胆だと思わない?▼本作は女の、とくに母親のステレオタイプをバッサリ否定しためずらしい映画です。リム・ラムジー監督の扱いにくい問題への真っ向勝負をまずたたえよう。ティルダ・スウィントンは息子のしでかした大事件のおかげで世間の敵となり、憎しみと軽蔑を一身に浴びせられ孤立したヒロイン、エヴァを演じます。その孤立とはそもそもどこから生じたのか。いわゆる女らしさや母性からはみ出した女は罪人か。この映画を「なぜ、なぜ」と質問攻めでつきつめていっても答えはでない、ラムジー監督は世間で言う女らしく生まれなかった女もいるし、母親らしくない母親もいる、息子を愛せなかった母親もいる、という現実を受け入れるところからこの映画をスタートさせます。母親は子供を愛して当然だ、育児し世話をして成長を見守り、それを喜びとし生き甲斐とする、そんなステレオタイプを一刀両断したわけです。「いや母親の一部にはそんな母親っていますよ」と監督はあっさり言い、でも「母親らしさからはみ出すと世間の風当たりが強いから、彼女らはいい母親役と演じている、父親らしくない父親より、母親らしくない母親に対する風当たりは強くて厳しい、それは女が長い間の文化と制度により〈らしさ〉という型に閉じ込められてきたから」だとこの女性監督は指摘します▼しかし母親が仮面をつけていること、自分を愛していないのに愛しているふりをしていることを息子が見破ったらどうなるか、彼はそれでも母親を慕うか。慕うかもしれないがそうじゃない場合を本作は設定します。母親が精一杯自分を愛そうと努力すればするほど、息子は「おれにはちゃんとお前の本心がわかっているのだ」と母親を突き放す。母子間の溝は息子の成長とともに深まり、母親に対する憎しみは父親にも妹にも、家族全員に普及します。それによって想像しうる最悪の結果が生じます。息子にとって母親を破滅させることだけが生き甲斐でした。父親が誕生日のお祝いに与えた弓矢で、息子は妹の左目を失明させ父親を殺します。母親は生き地獄に投げ込まれます▼父親は妻が打ち明けた葛藤を問題先送り主義で、あえて妻の悩みに近づこうとしません。息子は息子で父親には素直ないい子を演じます。エヴァはもはや親子の関係がどうのこうのではなく、息子は悪魔に乗っ取られたと思わなくちゃしかたないと考えます。本作では「子供は母親を慕うもの、子供は愛らしいもの」というステレオタイプをこれまたぶち壊しています。惨劇が引き起こされた町で、エヴァはそこから引っ越さずとどまることで贖罪を引き受けます。エヴァに対して住民の仕打ちはリンチに等しい。すれちがいざま張り飛ばされる、家は真っ赤なペンキで汚される、やっと得た職場ではセクハラにあう▼エヴァは刑務所に息子の面会に行き「なぜ自分を嫌うのか」と聞きます。息子は「わかっているつもりだった。でも今はちがう」と謎のような返事。エヴァは息子を抱きしめうつろな表情で刑務所の廊下を去っていく。父親も妹も殺していちばん憎かったはずの母親を殺さなかったのは、生かしておいて死にまさる苦痛を与えるためか。それとも結局息子の行動は母親に対する愛の要求の裏返しなのか、息子に扮したエズラ・ミラーの冷たい美少年ぶりが狂気を煽り立てます▼監督はあえて「ティルダの美貌を封じた」から、そらもうひどい状態。髪はボサボサ、服はズタボロ、華やかに世界をまわってレポートしてきた旅行ライターだったエヴァは「できちゃった」婚で息子を産む。このあたりの感情のズレが、親子のボタンを食い違わせたのか。息子の美貌は母親そっくりなのに心は懸け隔たった。ティルダが冒頭「トマト祭り」で、完熟トマトの真っ赤な渦に身を浸し恍惚となるシーンがありますが、そこにある興奮が悪魔的な展開を予想させます。息子を愛せなかった母、その母親に復讐する息子という、耐え難い関係を監督は突き放しています。エヴァの人生に一片の希望もないことはもののみごとというしかありません。破壊されたのははたしてエヴァの家庭であり家族だったのでしょうか、それとも母子とか家族とは愛し合えるものという幻想だったのでしょうか。エヴァの苦痛にはどこか女性が自分を顧みないではおれない、どきっとするものが含まれています。ティルダは、いっさいの共感も同情も拒否した女の冷たさを、幻想のような虚無と美しさで表しています。

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