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特集「男前」

2014年8月6日

特集「男前」 ジェシカ・チャスティン(下) ゼロ・ダーク・サーティ (2012年 事実に基づく映画)

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監督 キャスリン・ビグロー
出演 ジェシカ・チャスティン

わたしが決着をつけるの 

 ヒロインのマヤ(ジェシカ・チャスティン)がCIAパキスタン支局に着任する。「若すぎないか」とか「冷血だそうだ」というひそひそ声が流れる。舞台は「9・11」から10年後だ。パキスタン支局でさえ「9・11」は過去のものとなりつつある。毎日繰り返す捕虜の拷問に倦み、担当者のほうが参りかけている。チャスティンは無表情に与えられた机に来る。デスクの上はほこりで真っ白だ。巨額の資金を注ぎこみながら、ビン・ラディンの手がかり一つ得られない現状にワシントンの上層部は苛立ち、早く何とかしろとわめく。マヤは根気よく地元の情報源をたどりビン・ラディンにつながると思えるアブ・アフメドという男の存在をつかむ。マヤは調査を進め彼がビン・ラディンの連絡係だと確信する。支局内の反応は消極的で、かれが連絡係だという証拠はあるかとか、その手の情報は何万と過去にあったがみなガセネタだったとして、まともに扱おうとしない。マヤは我慢強く資料にあたる。支局の先輩分析官ジェシカは「あなたボロボロよ。最近男と寝た?」マヤはうっすら笑い首だけ横にふる。赤く焦げたような大地。灼熱の太陽。舞い上がる砂塵。低い粗末な建物。地元民は粗末な衣類をまとい、無言の敵意に満ちた目でアメリカ人を見る。ジェシカとマヤが食事中のレストランがテロに襲撃された。別の日マヤは自宅を出るなり銃撃にあった。やっと手がかりをつかんだジェシカら7人がテロで爆死した。ジェシカには3人の子供がいた▼それまでただ陰気な顔で黙々と仕事していたマヤの態度が一変した。先輩であり親友であり盟友だったジェシカを殺され「これからどうする」ときかれマヤは答える。「このテロの関係者全員をみつけビン・ラディンを殺す」優秀な分析官ではあったが、拷問などの現実に辟易していたマヤが「殺す」と断言する。指示も苛酷になる「おれたちは不眠不休でテロリストを追っている」という担当者に「あなたの部下の睡眠時間はどうでもいいの」ビシャっと言い「友人が大勢殺された。生かされたわたしが決着をつけるの」こうなると「魔」が乗り移ったようなものである。ここからのチャスティンがいい。「ビン・ラディンはもう死んでいる。われわれの任務はつぎのテロを防ぐことだ。少しは国防を考えよ」と、マヤの意見をとりあげようとしない支局長に「あなたがわたしに雑魚を捕まえさせようとしているのは、テロリスト逮捕の自分の実績を残すためでしかない。ビン・ラディンを捕まえることが最大の国防なのです。あなたはパキスタンとアルカイダをわかっていない。今すぐわたしにチームをください。さもないとビン・ラディン発見を怠った支局長として不名誉な実績が残りますよ!」▼マヤはビン・ラディン潜伏場所を特定する。それでも壁は厚かった。ワシントンでの会議に同席したマヤは「アブ・アフメドが連絡係となり、彼が住むアポッターバードの住居にビン・ラディンもいる、可能性は100%」と断言する。それにひきかえ上司たちは「60%」「65%」と当たり障りのない発言。会議の最高責任者は(ケッ60%だと。腰抜けども)と腹のなかでののしり、職員食堂で昼食をとっているマヤをみつけ前に座わり質問する。下級職員であるマヤは「答えられません。答える資格がありません」と返答、許可を与えた上官は「ビン・ラディン以外にどんな実績がある」「ありません」「そうか。適任だったのだな」。こういう判断ができる人っていいですね。他の上司はマヤの情報を「可能性があるという程度なら、思い違いの可能性もあるということだ」とか「その男は死んだと聞いている。生きている確証はあるのか」とか、ひとつも正面から見なかった。「ビン・ラディン以外にどんな実績がある」に対し「ありません」という回答を聞こうものなら「過去になにも実績のない担当者のいうことなど」聞く耳もなかっただろう。マヤを接見し、数年にわたり追い続けてきた経歴にあるただならぬ執念と、100%確実と言い切る自信が、業務に「適任だったから」と肯定する上司は少ない。アフガニスタン、ジャラバード基地、2011年1月。アジトへの潜入は午前0時30分。グリーンの暗視カメラがアジトの中をさぐっていく。なにかが動いたとかろうじてわかる視界での銃撃戦。横たわった死体にまだ銃を撃ちこむプロのとどめのテクニック。運びだされ死体をマヤはビン・ラディンと確認する。帰国する飛行機のなかでマヤはとめどなく涙を流す。ビン・ラディンを殺害してだれも幸福感を得ていない。めでたくもなければうれしくもない。喜びもなければまして感動もない。ただひたすら「終わった」のだ。すべてそれだけなのだ。ひたひたと水が浸水してくるようなラストの寂寥が、マヤの虚しさを雄弁に語っています。

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