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特集「男前」

2014年8月12日

特集「男前」 レイヴィン・アダムソン フォックスファイア 少女たちの告白 (2012年 青春映画)

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監督 ローラン・カンテ
出演 レイヴィン・アダムソン/ケイティ・コセニ

幸福は旅の途中にある 

 「男前」たちの特集です。演技のうまい、下手でなく「男前」を演じることでのびのびし、その映画が彼女の代表作となっている、あるいはなるであろう女優を探しました。本作は二度目の映画化です。最初は1996年の「フォックスファイア」で、アンジェリーナ・ジョリーが演じたヒロイン、レッグスに、今回レイヴィン・アダムソンが扮しています。ローラン・カンテ監督は出演者のほとんどを素人で固め、アダムソンに関してもあまり資料がないので詳しくはわからないのですが、おそらくこのシリーズで取り上げる女優のなかの最年少と思われます。鋭さと甘さのある視線がいいですね。映画の時代は1955年。差別が色濃いアメリカの田舎町が舞台です。高校生のレッグスは150キロの道をあるいて女友達のマディ(ケイティ・コセニ)の家に来る。マディが十数年後に回顧する「この夜」から物語は始まります。レッグスがスクリーンに現れてものの5分もしないうちに、彼女が150キロの道を深夜歩きぬく精神力と体力を備え、忍耐強く状況判断にすぐれた性格であることを観客は理解します▼マディは新聞などで好き勝手に書き立てられた「少女ギャング集団・フォックスファイア」の真実を知る生き証人です。レッグスはマディを信頼し心を許し「あなたはわたしの命よ」なんて告白をしている。かなり偏向的なメンバーもいる「フォックスファイア」のなかで、マディは落ち着いた知性的な子です。自分たちの中で「唯一まともな文章が書けるのはマディだけ」とレッグス。マディがタイプした日記の第一行はこうでした。「1955年3月16日のあの夜フォックスファイアは誕生した。フォックスファイアこそ忠誠と信頼と愛で成り立つ血の団結。犯罪に類することもしたが、男たちはみな自分のしたことを恥じて表沙汰にしなかった」▼女たちが隷属を強いられ、差別されることをレッグスは認めない。女たちが男性支配から解放されあらゆるマイノリティ(非搾取階級といってもいい)が自由を得る日がくるという、理想のもとに行動する。レッグスとマディに加わった級友がゴルディ、ラナ、リタだ。美人のヴァイオレットが仲間に入れてほしいと言ってきた時ゴルディは反対する。理由は「いつも男子生徒が群がっている。厄介なことがおこると面倒だわ」レッグスは厳かに宣誓の言葉を述べ、同意したヴァイオレットを仲間にする。誓いとは「フォックスファイアに身を捧げると誓うか」「フォックスファイアの世界観に従うか」「来るべきプロレタリア大革命と目前の世紀末を甘受し、死の谷の影を歩むときも、精神的肉体的拷問にも仲間を裏切らないと誓うか」誓いの印として肩に赤い狐火のタトゥーをいれることにした。レッグスに「最初にわたしに入れて」と言ったのは、レッグスのシンクタンクであり補佐役のマディだ▼リタを馬鹿にした数学の教師や性的暴行した男子生徒、マディをレイプしようとした実の叔父、無理解で横暴な男たちを制裁する、謎の「フォックスファイア」の活動は町や学校の注目を浴び、次第にスケールアップしていく。行為のひとつひとつは少女の復讐なのですが、レッグスがいわば思想犯ですから「いたずら」とはかけはなれていきます。不良に囲まれた少女を助けるためレッグスが、ナイフをつきつけたことから退学。校長に暴言を吐き反抗したレッグスは逮捕、警官を振りきって仲間たちと車で逃走したものの無免許のレッグスの運転で車は暴走横転し、全員が負傷。保護観察処分となったが主犯格のレッグスは鑑別所送りとなった。レッグスが抜けたフォックスファイアは活動を休止した▼フォックスファイアの影の部分がそこから語られていきます。鑑別所を出たレッグスは仲間たちに合流し、ハモンドの5キロ南、オールドウィックにある農家を借りた。それは「傷ついた女にとって避難所となる家」だった。レッグスの意識の進んでいたことに驚きます。グループは入会者がふえ少女たちは10人近い世帯になった。仕事を持っているのはそのうち3人だった。生活費のやりくりでマディが資金の不足をいうとレッグスは「あんたの不安のせいでみんなお金、お金と言い出した。お金は男たちのポケットにある。それを頂きに行こう」。やることは決まっている。ドレスアップしたリタが酒場で言い寄ってくる男に従い、車にひきずりこまれそうになったときにレッグスらが現れ脅しあげる。ヴァイオレットがホテルに同行し、男が行為に及ぶ寸前自分は未成年だ、パパに叱られちゃうと泣き出し、こんな目にあって(まだどんな目にもあっていないが)と訴え、男はうろたえ、だれにもいわなければいいと金をつかませる…マディはそんな「フォックスファイア」に疑問を感じる。グループの数人が自分の悪口を言っているのも聞いた。レッグスはフォックスファイアをどうするつもりだろう。マディは不安を書く「レッグスは流れ星のように飛び続け、わたしたちはその後を追い続けた。行き先は彼女しかしらない」▼レッグスの立てた計画は100万ドルの誘拐だった。ついていけなくなったマディに「止めはしない」とレッグスは言い1956年9月13日「わたしは農場を出た。レッグスは計画を他言しないことを約束させ、黙って出て行かせた。わたしが農場を出たのはレッグスを永遠に失うからでなく、フォックスファイアの聖なる誓いに背いて協力を拒否したからだ。忠誠を守れなかった。一週間後リタが追放された。男と別れなかったからだ。みな過激になっていた。その後のことは何年もあとで知った」。誘拐したものの計画は頓挫し少女たちは逮捕あるいは逃亡してばらばらになる。数年後町で偶然リタに会ったマディは古い新聞をみせられた。「ジャングルで支援者に会うカストロ」という大見出しと写真がある。リタは「これレッグスよね」と背景に写っている人物を指した。わたしにはわからない、というマディのつぶやきで映画は終わる▼登場人物のなかに神父がひとりいます。レッグスはときどき彼に会ってなにか打ち明け話のようなことをする。彼は教えるでもなく諭すでもない自分の考えを述べる。あるとき彼はこんなことを言った。「だれもかれも幸福の話ばかりする。ああでもない、こうでもないと。これではまるでシアワセ合衆国ではないか。幸福か不幸か、それになんの意味がある。真実をいえば幸福は即時性のなかにある。情熱的に行動し何かを追い求める。幸福とはその渦中の旅だ。目的地じゃない。そして人は思い当たる。そうだ、あのときわたしは幸せだったのだと」どんな体験だろうとそれは「幸せ」へのプロセス。レイヴィン・アダムソンはまだ海のものとも山のものともつきませんがいい感じだと思えます。アンジーのように、大女優への道を歩んでくれるといいですけどね。

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