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特集「男前」

2014年8月19日

特集「男前」 スカーレット・ヨハンソン ロスト・イン・トランスレーション (2003年 社会派映画)

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監督 ソフィア・コッポラ
出演 スカーレット・ヨハンソン/ビル・マーレイ

ヨハンソンの唇元 

 アメリカのタブロイド誌の「世界一美しい胸の谷間ベスト1」に輝いた、スカーレット・ヨハンソン19歳のときの映画です。とはいえ、この手の繊細な映画、どうも苦手だわ。弱々しいと言うわけにもいかないしね。全体が、水が流れるように静かに進んでいく。舞台は東京。CFの撮影にきたハリウッドスター、ボブ(ビル・マーレイ)と、カメラマンの夫に同行して東京にきている結婚2年の若い妻シャーロット(スカーレット・ヨハンソン)は同じ超高級ホテルに投宿中。どちらもパリならぬ「東京のアメリカ人」だ。異郷である。ボブは昔鳴らした中年の元スター。シャーロットは、結婚はしたものの、自分の居場所に自信をもてない心の異邦人。どちらも寂しさを持て余している。ボブは仕事に打ち込めない。CFディレクターはエラソーに指示するばかりでセンスのない男(撮影クルーの日本人は大体において冴えない描き方)。ソフィア・コッポラは日本にも滞在し、日本に対する理解もあるし日本嫌いではないと思うものの、本作は半自伝らしいけど、それにしてもパッとしない撮り方ばかりだね。たとえていうなら「ラスト・サムライ」のトム・クルーズのアプローチなんかとは全然ちがう▼そもそも異郷にいる人物の孤独の映画だから、東京でなくてもいいのでしょうね。べつに実物以上に日本をよく撮ってくれなくてもいいけど、出てくる人物は妙な人ばっかりよ。ゲーセンで太鼓叩いている若者(前後の脈絡はなにもなく登場する)、よくわからない英語で迫る女マッサージ師。テレビの低俗番組に、その司会者は締まらない顔。夜の東京は俗悪なネオンの洪水。ホテルの中で日本食を食べようと「しゃぶしゃぶ」レストランに入ったら、同じように見える肉の並んだメニューを見て、肉の違いがわからないシャーロット。ボブは「失敗だった。まさか自分で料理しないといけないなんて」と鍋料理の食べ方もわからない。ホテルの中でさえそう、まして一歩外に出て右も左もネオンケバケバだとげっそりもするし、ますます孤独はいやましますな。それでなくともこのお嬢さん、することなにもないのだから、というよりなにをしたら自分が充実するかわかっていないのだから。ボブだってそう。妻は子供にかかりきりでひとつも自分にかまってくれない。若い時の情熱も消え、中年の危機のまっただなか。彼もまた自分の着地点が見いだせず空中遊泳中。どっちも自分がたよりないことを、オイ東京のせいみたいにするなよな▼やっぱり東京だけでは日本はわからないと思ったのか、単に時間つぶしなのか、シャーロットは京都へ来ました。南禅寺、平安神宮、こういう簡潔で洗練された日本文化にふれるとますます寂寥感を感じるのではないでしょうか。案の定シャーロットは東京に帰り、寂しい者同士ボブと交流を深め合います。シャーロットはダンナの言葉のはしばしから察すると、イェール大学で哲学を専攻したという女性です。それなら悩むのも考え事も専門だろ。生花をみても読経を聴いても心を素通り。こんなことくどくど書いていても仕方ないからハッキリ言うけど、この映画って「自分の季節」をまだ迎えていない女の空虚さを、カタログにしただけにおわっていることが退屈の原因なのよ。自分をうちこむ仕事さえ見出せば、空虚もヘチマも笑い話だわよ▼スカーレット・ヨハンソンがただのたよりない女を、不似合いなくらいの新鮮さで表現しました。「真珠の耳飾りの女」につぐ好演で主要映画賞にノミネートされたのですけど、決め手はやっぱり半開きの口元でしょう。どんな女優もあれだけは真似できない。うっすら口を開いて得する女優なんて見たことない。そうそうオープニングでコッポラ監督はどういう意図あってのことか、スケスケのショーツをはいたヨハンソンの桃みたいなお尻をアップで映しています。なにゆえのお尻なん? 自分のすることがわからんからお尻でも映しておこうということか。ボブでなくても「そのうちわかるよ」としかいえませんな。

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