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特集「男前」

2014年8月24日

特集「男前」 ドミニク・サンダ(上) 暗殺の森 (1970年 社会派映画)

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監督 ベルナルド・ベルドリッチ
出演 ドミニク・サンダ/ジャン=ルイ・トランティニャン/ステファニア・サンドレッリ

ドミニクの放つ迷彩 

 ドミニク・サンダは66歳になった(2014)。南米アルゼンチンに住み舞台に出演している、そう聞いた。手元にある「ドミニク・サンダ写真集女そして女優」に、日本の読者のために自筆のメッセージがついている。1984年の出版だから彼女が36歳のときだ。生年には1948年説と1951年説があるが、48年を取った。特に根拠はなし。17歳年の離れた兄や父親といっしょに夏を過ごした別荘の海辺の写真などがある。キャプションは簡単だ。妊娠してお金が必要になったのでハリウッドからの契約書にサインしたとか(「不可能な目的」)、「この映画がまさかカンヌ国際映画祭の女優賞をもたらしてくれるとは思わなかった」(「沈黙の官能」)とか、「いつも最高の映画に出会えるとは限らないが、その作品に出たことを後悔したりしない」(「刑事キャレラ」)などとあっさり飾り気なく書いている。自分でつけたのだろう。でなければこう正直には書けないだろう▼ドミニク・サンダの女優としての仕事は実質1970年代で、つまり彼女の20代と30代前半で終わったといえる。彼女は1970年代にクリスチャン・マルカンと同棲しひとり息子ヤンを産み、マルカンが2000年に没すると、ルーマニア人の大学教授と結婚した。その後アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに移住した、これは写真集とは別の資料にある。墓碑銘に「彼女は生の最後まで演技した」と刻むよう言い残したイングリッド・バーグマンや、ワーカホリックのカトリーヌ・ドヌーブや、ニコール・キッドマンや、プロダクションの社長としてバリバリ映画ビジネスを仕切っているジョディ・フォスターのような、強迫観念めいた仕事ぶりが、どうにもドミニク・サンダには感じられない。仕事が嫌い? さあねえ。三日やったらやめられないのはなんの仕事でしたっけ。彼女が主演した役柄はルー・ザロメであり、収容所に送られるユダヤ人女性のつかの間の生と性であり、ふとした女ふたりの旅をきっかけに、家族をおいて家を出る主婦だった。ルキノ・ヴィスコンティが「家族の肖像」で、ノンクレジットで、主人公の母親役にドミニク・サンダを使ったのは彼女が26歳のときだ。ヴィスコンティはドミニクのメークや衣装を、自分の母親がそうだった通りにしたと伝えられる。クラウディア・カルディナーレが主人公の妻役で出た。カルディナーレは36歳だった。回想シーンにちらっとだけ、そんなぜいたくな使い方を許されるのがヴィスコンティだったが、彼は女優に対する好き嫌いがハッキリしていて、お気に入りはロミ・シュナイダーであり、クラウディア・カルディナーレであり、アニー・ジラルドでありシャーロット・ランプリングだった。彼女らの延長線上にドミニクが位置するのは時間の問題だった。彼女らに共通するのは(ヴィスコンティが愛したものといってもいいが)アンドロイド的硬質のエロティシズムであり、まちがいなくドミニクの備えていたものだったからだ▼ドミニクは19歳で本作に出演した。どうかした表情に子供っぽさが残るが、裕福な家に生まれ、良家の子女のしつけと教育を受け16歳で結婚、2年するかしないで離婚したドミニクはたぶん早い時期に、結婚とか家庭とか子供とか母性とか、社会がそこにいることを要求する女の領域に居心地の悪さを感じていたのかもしれない。異質な場所で生きることが自分らしいと感づいていたのだろう。異質といえば、本作で初めてドミニクがスクリーンに現れるシーンは、いつみてもドキッとさせられる。肩まで波うつまばゆい金髪、聡明な広い額、ガキがなにカッコつけてんだよと、本来ならいいたいのに妙にさまになった咥えタバコ。奪うような視線。本作の暗殺シーンは女を見捨てる酷薄な男の本性を露わにするが、ベルトリッチはそんなもの、人間の愚かさにとってはまだ序の口だといわんばかりのどんでん返しを用意している。人は生まれながらに洞窟に閉じ込められた囚人のように、洞窟の壁にうつる炎の影を現実だと思う、つまり現実の影を現実だと思い込んだ男の陥った、残酷な罠を暴き立てる。暗殺の現場となる森はヴィットリオ・ストラーロの撮影によって、薄明のなかの木立が簡素化した舞台のように美しい。夫の殺害をみたドミニクが、車から出て後続車にいるジャン=ルイに助けを求めるが、男は体を硬直させるだけで微動だにしない。女は森にむかって逃走する。つまり女は男に救済を求めるのをやめたのである。ここは何度みてもドミニク・サンダのその後の人生とかぶってくる。自分以外のなにかをあてにすることをやめ、まじめに誠実に、ときどきいい加減に生きる…▼さて例の女ふたりが踊るタンゴのシーン。終始メルヴィル・ブルーのような青いトーンで彩られてきた男の回想に、ふんだんにカラーが使われ、オレンジ色を基調にした暖かい明るい色調で統一されます。ベルトリッチ監督は明らかに男の精神的背景を冷たく沈ませ(だって最後までみたら男の運命がいかに残酷だったかわかります)、女は夫も愛し他の男を誘惑もし、情事もやりさらに女も愛して中身ぎっしりって感じでしょう。世間にビビる様子もなくのびのび好き放題やっているヒロインを、これ以上生かしておくなど、点を甘くしたら映画はおめでたくなってしまうからベルトリッチは殺しちゃったのよ。それも(こんな男に乞うくらいなら死んじゃったほうがまし)っていう、究極の三行半(みくだりはん)の形で。鋭利な刃物でスパッとやったような切り口は、やはり監督の28歳という年齢だったと思えます。

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