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2014年8月15日

元大日本帝国海軍兵士が語る太平洋戦争秘話 ジョン・F・ケネディ氏と駆逐艦・天霧を結ぶ運命の絆~前編~

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元大日本帝国海軍電気部員 赤井由良男さん(90歳)

元大日本帝国海軍電気部員 赤井由良男さん(90歳)

 史上最年少で大統領に選出され、没後、半世紀以上を経てもなお根強い人気を誇るジョン・F・ケネディ氏。さまざまなメディアでその足跡が報じられるたび、元大日本帝国海軍電気部員・赤井由良男さんは太平洋戦争当時、機関科電気部員として乗り込んだ一等駆逐艦・天霧(あまぎり)での日々と、その後の奇縁に思いを馳せます。

猛訓練の日々と南国の思い出

 大正12(1923)年、奈良県天川村で農業を営む由松さん・チカエさん夫婦の三男として生まれた赤井さんは、青年学校(当時)を卒業後、電気関連会社勤務を経て、昭和16(1941)年5月、呉海兵団(広島県呉市)に機関兵として入団します。
 同年8月には、天霧機関科電気部員として乗船。過激な艦船勤務と戦闘訓練など、「血が滲むような激しい日々」(赤井さん)を過ごす一方、陸軍の輸送船団を護衛中、中国・海南島の三亜で「生まれて初めて食べたヤシの実の味が忘れられない」と言います。「青いヤシの実はサイダーのようで、『こんな味をしてるんだ』と感激しました」(笑)
 まだ少年の面影を残す青年の純粋な思いとは裏腹に、国際情勢は緊迫の度合いを増し、海南島から呉港に帰港途中の12月8日、赤井さんは太平洋戦争開戦の一報を耳にします。

戦史に残る海戦を経て電波短信機担当要員に

 艦船の一日は、電気部員が船内の発電機を起動させることから始まります。「朝、5時に起きて、まず釜に電気を送って重油を噴霧する。釜で炊かれた蒸気が機械室に送られ、タービンが動き、スクリューが回って出航です」。配属された電気部が船を動かす中枢部であることを、赤井さんは「実際に体を動かしながら身をもって知った」と振り返ります。
 マレー沖海戦やインド洋・シンガポール作戦など、戦史に残る激戦に参加した天霧は、昭和18(1943)年1月、太平洋方面作戦に参戦中、敵の機雷攻撃を受け、修復のため帰港を余儀なくされます。呉に入港したのは、同年2月8日。母国の土を踏んだ赤井さんは、その後、警備隊付に転属となり、再び天霧に乗り込むことはありませんでした。
 当時の最先端技術で、戦局に重大な影響を及ぼしかねない電波短信機の担当要員となり、身が引き締まる思いの赤井さん。しかし、機関兵として乗り込んだ天霧が、下船のわずか半年後、ケネディ氏にまつわる数奇な運命に巻き込まれるとは、そのとき夢にも思っていませんでした。( 後編に続く

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