女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

シネマ365日

2014年9月1日

特集 スペインの映画 永遠のこどもたち (2007年 ホラー映画)

Pocket
LINEで送る

監督 J.A.バヨナ
出演 ベレン・ルエダ/ジェラルディン・チャプリン

「良き羊飼い」への回帰

 ハリウッドとは異質なヨーロッパ映画のなかでも、スペイン映画には太陽が持つ黒点のような独特の翳りがあります。やるせないファドやスパニッシュギターにある哀調は、カンツォーネやシャンソンとは異界にある。日盛りの夏の午後、木陰に入ったときにふと感じる気だるい疲れ、まぶたの奥にある闇さ、そんな感じが濃く出ていると思える映画を何本か選びました。出演している女優は主にベレン・ルエダです。「永遠のこどもたち」は彼女の代表作といえる一本です。とてもきれいな女優さんですが、それに加えて、死を選ぶヒロインの死が絶望の死ではなく、愛にみちた世界にとどまる自分の選択であると示すラストシーンは、彼女の表情のやさしさ、せつなさがきわだって胸をうちます。ヒロインの現実世界と幻想世界を交錯させる、巧みな伏線の重層構造のため、構成は複雑ですが、ある時点でいっきょに真相が開示されます。残酷などんでん返しはホラーなり、オカルトなりの衣装をこの映画にまとわせながら、ヒロインの内蔵していたものが、静かではあるが実は暴力的なまでの精神のダイナモだったことをわからせます▼オープニング。古い洋館の広い庭で子供たちが「だるまさん、転んだ」をしている。そこは「良き羊飼い孤児院」。孤児の一人ラウラの養子先が決まった。残る孤児は5人だった。孤児院という場所が大事な意味を持ちます。親のない彼女ら6人は実の家族以上に運命共同体だった。30年後ラウラは医師カルロスと結婚し、孤児院を買い取り、障害を持つこどもたちを預かる施設を開所します。ということは、彼女はこの孤児院にもどりたかったのですね。夫婦の一人息子シモンは養子で7歳。HIV陽性により日々の投薬が欠かせない。夫婦は事実を息子に打ち明けていない。ある日70歳近いソーシャルワーカーと名乗る婦人が訪れ、施設の改造はしたのか、息子は難病を知っているかなど立ち入った質問をするのでラウラは追い返す。シモンには空想癖がありいつも架空の友達と遊んでいた。やがて念願の開所式。入居する子供たちと保護者を迎えパーティで庭はにぎわっている。シモンは「トマスの部屋をみせる」と言って母親と遊ぼうとする。トマスとは空想の友達です。接客で手が放せないラウラはいうことをきかない息子を叱る。シモンはそれからフイと姿を隠したのです。必死で探すラウラの前にエレファント・マンみたいな覆面をした不気味な子供が現れます。追いかけていくとラウラのほうが浴室に閉じこめられ、ドアを開けようとして生爪を剥がした。半狂乱になったラウラはパーティどころではない。家中家探しになった。物置のドアを開けたとき収納していた鉄のパイプなどが倒れかかり、ラウラはそれを押しもどした。そのとき物置の床にあった地下室のドアを塞いでしまったことに気付かなかった…シモンが友達と話していた浜辺の洞窟まで捜索隊が出た。でもみつからなかった▼それから8ヵ月。薬を欠かせないシモンが生存しているとは考え難いが、ラウラは息子が生きていると信じる。孤児だったラウラには同じく孤児だったシモンと独特の紐帯がある。夫のカルロスにもそれはわからない。ある日車から偶然「訪れたソーシャルワーカー」をみかけたラウラは彼女を追うが、彼女は車に轢き殺される。彼女の住居から古い写真やフィルムが発見された。彼女の名はエグニナ。もと「良き羊飼い孤児院」の職員であり、トマスという息子がいた。顔が崩れていたためいつも頭巾を頭からかぶっていた。ラウラが養子に貰われていったあと、残った子供たちはトマスをいじめ、海辺の洞窟に連れていって頭巾をとり、洞窟からトマスが素顔で出てくるかどうかみていた。トマスは出てこなかった。満潮になり洞窟は波の底に。トマスは溺死した。ラウラは霊の気配を感じるようになる。予感に導かれたラウラは孤児院の床下に隠されていた砂の袋に、5人の子供たちの骨が埋まっていることを発見する。エグニナは子供たちを毒殺して復讐し、孤児院の床下に隠し、だからラウラが孤児院を買収したとき改造するのか、もうしたのかと、時効とはいえ殺人の発覚を恐れたのだ。ラウラは死んだ子供たちが、息子を自分たちの世界に連れて行くため失踪させたと確信する。夫のカルロスはラウラについていけなくなり屋敷を去ろうと言う。ラウラは2日間だけ自分をひとりにしてくれと頼む▼ひとりになったラウラは徹底的に過去にアプローチしていく。そこからラウラの現実世界と幻想世界の交感が始まります。息子の死の原因が自分にあったことがわかったラウラは薬を大量に服用し自殺を図ります。意識を失っていくラウラの脳裏にみえてきたものは息子やトマスや死んだ子供たち、大人になれずに命を失った「永遠の子供たち」だった。ヒロインの行動は、死の連鎖がつきつけた過酷な現実からの逃避だったかもしれない。妻ほど養子に思い入れがない夫は、とり残されて「どうしてくれる」と言いたいにちがいない。霊媒師(ジェラルディン・チャップリン)をはじめとする、交霊関係者は「あなたのドッペルゲンガー(もう一人の自分)が、自分とそっくりな姿形で現れたとき、疑いもなくあなたは死のそばにいる」「死に近づくほど霊達の存在が意識されるようになる」と教える。だからエイズで生を限られていたシモンには霊がよく感じられたというわけですか。ラウラが霊の存在を意識しやすかったのも、もともと彼女の原体験は孤児院にあり、子供時代への執着と愛着が彼女をなかなか大人として成熟させなかった、いわば孤児院での運命共同体験がまるで呪縛のように強く、彼らの死を知ったとき、簡単にラウラを彼らの方に、死の世界の方に踏み込ませて行ったのでしょう。しかしそんな解釈はラストシーンで微笑むラウラや、彼女を囲む子供らとの母子像「永遠のこどもたち」の前に力を失います。それほど卓抜な表象力と邦題です。

Pocket
LINEで送る