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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年10月3日

特集 LGBT-映画にみるゲイ86
ブラック・スワン(2010年 ゲイ映画)

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監督 ダーレン・アロノフスキー
出演 ナタリー・ポートマン/ヴァンサン・カッセル/ミラ・クニス

ヒロインの神経戦

 なんでゲイの映画としてよく本作がすいせんされているのか、全然わからなかったのよね。ナタリー・ポートマンがやたら眉間にしわ寄せて、悩んでいたことしか覚えてなかったわ。見なおしてやっとわかった。ヒロインのニナ(ナタリー・ポートマン)が、ライバル視するリリー(ミラ・クニス)との情事のことね。あれはニナの妄想でしょう。妄想だろうとなんだろうと同性を情事に選ぶことがゲイでなくてなんであるか、と言われたらそらまあその通りだけど…わかりました、自分が鈍感であったことを認め、本作がゲイの映画であったという軸足でとらえなおします、はい▼しかしなあ。しつこいようだけどこのシーンにエロチシズムがある? ないからケロッと忘れちゃったのよ。ブラック・スワンとは男を誘惑する女だから、男をその気にさせるフェロモンをぷんぷん発揮してくれ、と女好きで評判のコーチ、トマ(ヴァンサン・カッセル)はニナに注文する。トマに「キミは処女か」ときかれたニナは「いいえ」と答えるがウソ。母親と二人暮らし。ベッドの枕元にぬいぐるみを並べて寝ている幼い娘ですよ、ニナは。トマはすっかりわかっていて「今夜は自分で触ってみろ」と宿題をだす。ニナはことセックスとなるとオクテである。彼女は決して男嫌いではないと思うが、要は母親と二人三脚でプリマ一直線に練習してきて男どころじゃなかった、というところか。母親が複雑な存在でしてね、バレリーナとして挫折した夢を娘に託しているが、これだけ密着されたら暑苦しくもなるわ。今以上娘に要求すると生真面目な神経がおかしくならないはずはない、とわかっていても娘が頑張るのをやめさせないのは、お母さん、あなたがプリマになりたかったからですか▼セックスがわかっていないと黒鳥は演じられないなんていうトマの講釈なんかたわごとよ。悪のブラック・スワンなんか少女のなかにだって、もっとあっさりいうなら女ならだれだって持っているわ。それをどうにもこうにもセックスの行為に結びつけたがるトマは、自分がやりたいだけの話じゃないの。女はすべて内なる砂漠をかかえている。本能の暗闇をかかえている。それを表に出したら妻でも母でもなくなってしまう、社会からはじきだされてしまう不可侵領域をかかえている。処女でなければ娼婦、娼婦でなければマドンナというダイコトミー(二分離)は、統治の便宜のために男社会がつくった制度にしかすぎないが、それは長い歴史の間に女らしさという独特の文化をつくりあげ、女自身をしばるものにしてしまった。ところが女の本能はどこかでちがう自分がいることを教える。母でも妻でも嫁でもない異域に生きる自分自身がいることを知っている。年齢に関係ない。少女で気がつく子もいれば結婚してはじめてわかる女だっている。ほとんどの女はどこかに(もし反社会的なものを悪と呼ぶなら)悪を内蔵している。そんなものが暴れだすと男は治められる社会も治められないし、女は自分自身をも傷つけるし、やばくすれば破滅させてしまう、だからたいていの女は良妻賢母の仮面をつけおとなしくしているが、女の内面には狂気と、畏れに満ちた魔性の他者が沈黙し座を占めている。ブラック・スワンの一羽どころじゃないわよ▼だからニナは「そうか、そこまでいうなら仕方ない、本心でも本性でもだしてやるわよ、おどろくな」ともろ肌脱げば、背中にたたんで隠しておいた大きな黒い翼が羽ばたいて、ニナを飛翔させたのに。これを可視化したシーンがラスト近くにあったわね。だれだって同じこと考えるのよ。それとなんでニナはリリーとセックスする気になったのかってことね。知りませんよ。でもニナがオーガズムに達し、果てる直前にリリーの顔がいつのまにか自分自身になっているのに気づくでしょ。リリーは自分のアルターエゴだったのね。女とのセックスを妄想したのは、男とならいけないけど女となら許される、という自己設定があったのかな。想像しにくいけど、なにしろママの繭のなかに今もくるまれている子でしょう、ニナは。男相手のセックスならママに怒られるけど女だったらいいだろう、みたいな。だってママはニナを妊娠してプリマを断念したのでしょ。男にしろ女にしろ好きになってしまったらいっしょだと思うけど。とにかく劇中こんなに笑わないヒロインもめずらしかった。かわいそうなくらいだったわ。男でも女でもいいから、いつもいっしょにいたくて仕方ない、笑いあえる相手ととりあえず寝たら、ニナ。ここまで書いてきてやっとわかったけど、この映画はニナというヒロインの神経戦で、人を愛する映画じゃなかったことが「ゲイの映画」というくくりで書きにくくしていたのね。いいかもうこのへんで。本件は終了。

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