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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年10月24日

特集 LGBT-映画にみるゲイ107
天使の処刑人 バイオレット&デイジー(2011年 ゲイ映画)

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監督 ジェフリー・フレッチャー
出演 シアーシャ・ローナン/アレクシス・ブレデル/ジェームズ・ガンドルフィーニ

隠微なコメディ

 この映画リアリズムではまったく成り立たないのね。ハイティーンの娘たちが殺し屋ですよ。デイジー役のシアーシャ・ローナンは劇中18歳の誕生日を相棒のバイオレット(アレクシス・ブレデル)と祝っているからね。彼女らは3年前にペアになったというから、しっかり高校在学中じゃないの。学校はどうなった、学校は。などと目クジラ立てるのはほんの序の口。まだまだどっさりやってくれるのだ。ふたりは尼僧姿で登場する。両手に捧げているのは宅配ピザの大きな箱だ。まさかこれ学芸会のシーンじゃないよな。どの世界に歩いてピザの宅配やる尼さんがいるのよ。彼女らは狙いも定めずガンガン銃をぶっ放し、大の男4、5人を撃ち殺すと路地裏に出て尼僧のペンギン服をゴミ箱にポイ。こら、現場検証ですぐ見つかるぞ。知ったことかというふうに彼女らはスキップ踏んで大通りに。ハナからアホくさというべき映画です▼「 つぐない 」で小さな女の子だったシアーシャ・ローナンがすっかり大きくなって…やめよう、おふくろじゃあるまいし。彼女が19歳。アレクシス・ブルデルは32歳ですがまあまあ十代の設定をこなしています。そもそも彼女らが選ぶ仕事が危険のない軽い殺し、ですってよ。本物の殺し屋が聞いたら怒るよ。ふたりのアイドル、バービー・サンデーのコンサートがキャンセルになって落ち込んでいるときに仕事の依頼がくる。ふたりはあっさり断るが、サンデーの着ているドレスが欲しくなり前言撤回する。仕事の説明をするのが「マチェーテ」のダニー・トレホだ。あの月面アバタ面は一度見たら忘れませんね。つぎなる標的の家にやってきた二人は尼僧姿から清掃業者のツナギ服へ。赤い三輪車に乗って到着し、サドルの上に「さわったら殺す」とメモを置く。赤い三輪車に意味もヘチマもありません。本作は意味不明のシーンが数珠つなぎです▼標的の家はからっぽ。帰るまで一眠りするとバイオレットはスウスウ寝てしまう。見張りをするはずのデイジーまでぐっすり。仲良くもたれあって高いびきの殺し屋? 怒るのも呆れるのもはまだ早い。さて標的が帰ってきた。彼マイケル(ジェームズ・ガンドルフィーニ)は娘たちに毛布をかけてやり、ふたりが目を覚ましてキョロキョロすると、マイケルおじさんも椅子で眠りこけている。さっさと仕事をおえてお金もらってドレスを買う計画だったのに、手順が狂ってしまいふたりはうろたえる。どうもやりにくい。仕方なく目をつぶって拳銃をガンガン撃ちまくる。はたと気が付くとおじさんは椅子にいなかった。彼は台所でクッキーを焼いていて、焼きたてのそれをふるまってくれた。遠慮なくミルクまで飲んだふたりは口のまわりをまっしろに。さっき撃ちまくって銃弾がなくなってしまい、バイオレットが近所の銃器店に買いに行く。その間おじさんと話し込んだデイジーは、彼がすい臓がんで余命はわずか。一人娘は母親の死の原因がマイケルにあると思い込み父親を嫌っている、そんな話を聞きデイジーはすっかりマイケルが気の毒になる▼そんなところへ別の殺し屋集団がマイケルを殺しにくる。男3,4人に押し込まれたデイジーは、もったいぶった演説で男たちを玩弄し、時間を稼いでいるところへ弾丸を銃に詰め込んだバイオレットが帰ってきて殺し屋たちは皆殺し。娘ふたりは死体をバスタブになげこむまえに「内出血ダンス」という、彼女らの勝利の儀式をやる。死体の腹の上で跳ねとぶと口から血が吹き出すという残酷きわまるダンスで、これをキャッキャッ叫びながらやる。なにゆえこの映画は悪趣味なバイオレンスをこれでもかと映していくのか、辟易してくる▼デイジーとバイオレットは人形病院で知り合ったという。玩具の修理所らしいがだいたい裸の人形をいじくりまわすという表象が隠微だ。以来パートナーとして一心同体。デイジーはバイオレットに憧れ、殺しはもっぱら腕利きのバイオレットに任せ自分は空砲しか撃っていなかったとおじさんに打ち明ける。それって罪の軽減になることか。バイオレットがデイジーの前に相棒を組んでいたローズは死んだそうです。詳細は不明。マイケルおじさんがデイジーに言う「暗闇にも光はある」「決して割り切れない数がありそこから冒険物語が始まる」などという言葉は含蓄があっていいのですが、で彼女がどうしたかというと、今までバイオレットの影に隠れていたような自分を脱し、おじさんを実弾で撃つ、ということなのです。これって「プレシャス」の裏版か。パロディか。ジェフリー・フレッチャー監督が脚本を書いた「プレシャス」よ。貧困層にいた肥満した黒人の少女が虐待や教育差別を受けながら、出会いによって希望を見出していく成長物語だった。笑うしかない環境設定の連続だけど、本筋はドロップアウトした女の子が大人になる物語なのだ。それにしても死体がごろごろ転がるほど人を殺さないと成長できない設定って、おもしろおかしく扱うものじゃないでしょ。

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