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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年10月26日

特集 LGBT-映画にみるゲイ109
パンドラの箱(1929年 ゲイ映画)

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監督 ゲオルク・ヴィルヘルム・パープスト
出演 ルーズ・ブルックス

映画史上初のレスビアンシーン

 この世の厄災を閉じ込めた「パンドラの箱」が開いたのですからね、なにが出てくるかわからない。ヒロインはすべてのトラブルの源、関係する男と女を破滅させる厄業そのものである。ヒロインのルルを演じたルーズ・ブルックスは本作で不滅となりました。本作が85年前のものだろうとサイレントだろうと、映画史120年のなかで、たった一本で銀幕の永遠の存在となった女優なんてざらにいない。劇中ルルとガシュヴィッツ伯爵夫人が踊るシーンを、ボーゼ・ハドリーは著書「ラヴェンダースクリーン」で、映画史上初のレスビアンシーンだとしています。伯爵夫人はルルを心から愛し、裁判中法廷から逃亡したルルを探し、うらぶれた港町にたどりつく。そこで「こんなところにルルは3カ月もいるのね」と言う(声はでませんが)。彼女はルルを助けたい一心ですが、ルルは彼女の愛情を利用し金のため男におしつけ、伯爵夫人は殺人まで犯してしまいます。ルルのような女が現れた背景には、第一次世界大戦後のドイツの、モラルの変化が大きくかかわっています。およそ戦前のドイツで描かれることはなかった大胆で退廃的で破壊的、矛盾に満ち自分のエゴと気難しさを隠そうともせず生きていく、そんなルルに社会は自分たちがどこかで待望していた女を見たのかもしれません▼パープスト監督は原作に惚れ込み映画化に乗り出したが肝心のルルがみつからなかった。ドイツだけでなくフランス、イタリア、イギリスに足を運び1600人をテストしたがダメ、最後にハリウッドに行き、そこでみつからなかったらマレーネ・ディートリッヒで撮ると決めた。ブルックスは後年このエピソードにふれ「ディートリッヒは25歳、わたしは21歳、彼女にはやれなかったわ」。ディートリッヒがこれを聞いたかどうか知りませんが、ハワード・ホークス監督は「最先端の反逆児」と彼女を呼びました。彼は気の強い女優が好きで、たぶんブルックスにも寛容だったと思われますがそんな監督ばかりではない。彼女が「ルル」の成功にもかかわらずアメリカで受け入れられなかったのは、彼女自身の「ハリウッド嫌い」もありますが、ほとんどの男性が彼女を扱いきれなかったからでしょう▼ブルックスのトレードマークであった真っ黒な短髪のおカッパ頭、突き刺すような視線、ダンスで鍛えた美しい体の動き、パープスト監督はそんなブルックスの特異性を存分に引き出しました。ブルックスもこの監督だけは死ぬまで尊敬した。ドイツ警察から追われる身になったルルは、恋人とロンドンに逃げ男は病気、ルルは売春婦となって街頭にたちますが、この娼婦はどこか屈託がない。「金がないのだ」という若い男に出会い「いらっしゃい。あなたが気にいったわ」と鷹揚である。男はルルのやさしさにほだされ、隠し持っていたナイフを捨てる…この男が当時ロンドンを恐怖に陥れていた切り裂きジャックだった。部屋に招じ入れられたジャックはしかし、たまたまルルがテーブルに置きっぱなしにした、パンを切った庖丁に目が吸い込まれ発作のように庖丁に手をのばす。ルルの短い生涯はそこで終わります▼考えてみればルルの最初の愛人、新聞社の社長は国会議員の娘との結婚が決まりながらルルに誘惑され、ルルと結婚したものの息子がルルに心を奪われる、そんな息子を尻目にルルは女にいれあげたりする、ルル行くところ悪夢あり。ルルというのが天真爛漫な悪女であるから始末が悪い。ルルは人を利用するが、自分が利用されても気にしない、怨みもしない、人間ってそんなものよ…達観した禅僧みたいなアバズレ、ブルックスはルルをそんな複雑な女にしています。たいていの監督はブルックスを管理しようとして失敗した。ブルックスはある監督が「わたしがゲイ・バーにいくことを恐れていた」とおもしろがっていました。もちろん入り浸りだったにちがいない。妖艶さとは学んで身につくものではないでしょう。9歳のとき近所の職人に性的イタズラを受けたことが一生のトラウマになっていたというのが定説ですが、演技とは思えない妖艶さの、驚くべき達成度は、彼女がいう「いつも自分自身を演じていた」ことによるものと思えます▼「ヨーロッパに残ってガルボを越えろ」とパープストは言い、アメリカに帰れば堕落すると警告した。ブルックスの快楽的な性格からすれば当たっていた。しかし言葉の不自由さとホームシックのためブルックスは帰国する。ハリウッドは彼女を軽視します。ヨーロッパでの成功がどだい反感を買っていたのかもしれません。ブルックスはあっさり引退しダンス教室を開いたが何人かの生徒に暴言を吐きスタジオは閉鎖。世捨て人のようになった彼女を救ったのは文章を書く能力でした。彼女の「パンドラの箱」をみて魅惑されたジェームズ・カード(イーストマン・ハウス=写真美術館の学芸員をしていた)は彼女に手紙を出した。ブルックスの返事を読んだカードは洞察の深さと鋭い感性に感動した。ブルックスもまた自分が未知だった才能に気づき文章術を磨きました。博物館の学芸員となり映画史の研究に取り組み、自伝「ハリウッドのルル」を著す。復活の原動力は物心ついて以来、父親の蔵書を読みふけった読書力と、それによって体得した表現力にありました。22歳でセット入りしたとき彼女が読んでいたのはショーペンハウアーだった。自伝は好評を以って迎えられましたが、届いたファンレターをブルックスはすべて送り返した。彼女はファンが嫌いでした。衰えゆく記憶力と戦いながら、彼女がいつまでも話し続けたのはパープスト監督のことだったといいます。

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