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映画監督特集

2014年11月5日

特集 ホラーの貴公子 アレクサンドル・アジャ ミラーズ (2009年 ホラー映画)

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監督 アレクサンドル・アジャ
出演 キーファー・サザーランド

やっぱりアジャよ 

 この映画を選んだのは監督がアレクサンドル・アジャだという、もうそれだけの理由。わたし全面的にこの人を信頼しています。今日から5日間「ホラーの貴公子」と題してアジャの監督もしくは脚本作品を集めました。「ヒルズ・ハブ・アイズ」「P2」「ピラニア」「マニアック3D」と続きます。彼は1978年パリ生まれのユダヤ系フランス人35歳(2014年現在)、監督第一作「ハイテンション」は彼が25歳のときの映画でした。ヒロインを演じたのがセシル・ド・フランス。同作は「妄想落ち映画」の傑作でしてね。おどろおどろしい内容が監督のセンスによって詩情さえたたえる名人級の映画術でした。スティーブン・スピルバーグがホラー映画の「動」の雄だとしたらアジャは「静」の雄です。さてオープニングがすばらしい。アルベニスの「アストリアス」は本来ピアノ曲ですがセゴビアがギターに編曲して以来、ギターのほうが有名になりました。滑りだすような独特の連音符が特色です。ところが本作では、これはハビエル・ナバレテ(音楽)のアイデアでしょうか、さらに早いヴァイオリンで奔るような焦燥をかきたてます。ぎゅっと襟首をつかんで放さない導入ですね▼ホラー映画の評価が「怖いか・怖くないか」だけでなされるとしたら本作はそんなに怖くない。どっきりのシーンはあるけど、グロテスクな斬殺死体や、ショッカー・シークェンス(いきなり画面に異物を登場させる驚かし方)で見せる映画ではない。そういう意味ではアジャの映画はホラーというより、むしろミステリアスに重きを置き、さらにいうならその醍醐味は謎解きではなく、謎のまま放置される現実の怖さなのだ。アジャのこのホラー映画の作法ともいいたいポリシーは、導入部の作り方に顕著です。現実の向こうにわたしたちが位置する現実と同じ非現実があると、アジャは冒頭に本作の意図を鮮明に示しています▼廃墟となったデパートの外観と内部のセットは、この映画における無言のスターです。こんな巨大廃墟はニューヨークにはないし、撮影班は海外までロケ地を探した。内部のセットが秀逸です。スピーディに物語は過去に移動しますが、アジャは律儀に移動する根拠を示していますので混乱することはありません。でもそれがかえって手際よく観客を未知のゾーンに引き込んでいきます。発端は火災事故によって廃墟となったデパートの夜警ルイスが死体で発見されたことです。彼は自分で喉をかききり、自殺と断定されましたが、彼の後任として夜警に就職したベン(キーファー・サザーランド)は、広大な建物の焼け跡を巡回するうち、ルイスの残した「エシカー」という名前に出会う。ベンは誤射によって同僚を死なせた、目下停職中の刑事だ▼ベンの周辺で奇怪な現象が生じる。鏡に映る自分の顔がいきなり歪む。巡回中得体のしれない物音がする。別居中の妻は子供の様子がおかしいと言う。ついにベンが居候している妹が浴室で口を上下に裂かれるという常軌を逸したやりかたで惨殺された。ベンはデパートの火災はルイスの前任の夜警ベリーの放火だったと知る。彼は放火し妻子4人を殺害した。わずかな手がかりをさぐってベンはデパートの前身が聖マタイ病院であることをつきとめた。病院とエシカーの関係は。エシカーは50年前病院の精神病棟に収容された少女だった。治療に当たったケーン医師はエシカーを多重人格と診断し、治療のため四方に鏡を張りめぐらした部屋に拘束した。中央にぽつんと椅子だけのある、死刑執行室のような部屋を発見したベンは「ひどい」とつぶやく。残存する古い記録によれば、アンナ・エシカーは1953年10月6日に死んだ。同日の早朝看護師が巡回すると、病室を抜けだした精神病棟の患者たちがホールで、全員死体で発見された。患者同士で殺しあいアンナもその中に含まれていた。病院は閉鎖されケーン医師は鏡の破片で手首を切って自殺した…はずだったが、ベンは残存書類を精査し、アンナは惨劇の2日前に退院していたことがわかった。アンナ・エシカーは生きていたのだ▼ベンは古い修道院にアンナを訪ねた。彼女が告げた真相はこうだ。彼女の治療にあたったケーン医師は彼女を救えるのは「鏡だけ」と言い鏡の部屋で治療し、死ぬほど辛い経験をしてアンナは退院した、しかし鏡をみると不安定な状態になるので鏡がない場所、すなわち修道院に入った。「なぜあの鏡(デパートの廃墟にある大きな鏡)は執拗にあなたの行方を探せと夜警たちに指示してきたのだ」というベンに「わたしを探しているのは鏡ではなく鏡に閉じ込められているものです」「それはなに」「ケーン医師の診断は間違いでした。わたしは人格障害でも総合失調症でもなかった、原因はほかにあった、それはわたしの体から抜けだして鏡の中に入りました、その日から人を殺しては死人の魂を集めている。あなたには気の毒だけどあなたに同意してあの部屋に戻ると、悪魔は境界をまたいで再びわたしという肉体を獲得し、現実の世界に戻ってしまう」▼ここからさき、あっけにとられるのですけどベンの言い分は「ルイスやベリーはあなたを探せなくて死んだ。アンナ、ぼくといっしょに来るのだ、でないとこの世でいちばん大事なぼくの家族が殺されてしまう!」だからって年寄りいじめていいのかよ、おい。でもベンは強引にアンナを連れてくる。観念したアンナは廃墟の鏡の間でひとり椅子にすわり悪魔の出現を待つ。あなたの家族を救うためだと。悪魔は探し求めた自分の体がもどってきたものだから暴風雨のようにアンナを襲い肉体を奪い取る。姿なきものなら殺しようがないが、肉体をもったなら殺せる、という理屈なのでしょう、ベンは悪魔を蜂の巣にし、呪いの術に襲撃されていた妻子は助かる。悪魔は断末魔でのたうちまわり廃墟は壊滅、瓦礫のなかからベンが這い出てきたときはパトカーや警官が到着していた。し・か・し…ベンはパトカーの字が鏡文字になっているのに気づく。警官の名札も綴りが逆だ、街のなにもかも。そう、ベンは鏡の中に閉じ込められたのだ。そらねー、これくらいの落とし前は仕方ないですね。平和に健康に暮らしていたアンナを、自分の家族救出のために犠牲にしたのだから。やっぱりこういうことって、フェアに扱うべきだよね、監督。

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