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シネマ365日

2014年11月18日

特集 ビークル・ムービー 飛べ!フェニックス (1965年 ヒューマン映画)

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監督 ロバート・アルドリッチ
出演 ジェームズ・スチュワート/リチャード・アッテンボロー/ハーディ・クリューガー/ピーター・フィンチ/ジョージ・ケネディ

男たちの砂漠

 ビークル・ムービーってなぜか男の映画が多いのよね。ソフィア・ローレンの「カッサンドラ・クロス」とか「タイタニック」のケイト・ウィンスレットとか、ニコール・キッドマンの「デッド・カーム」とか、女優が主演している作品は確かにあるのだけど、女優ひとりが乗り物を仕切っていた映画って今すぐ思い出せない。まあ宇宙船を乗り物とするなら「ゼロ・グラビティ」のサンドラ・ブロックがいますけどね。逆に「エアフォース・ワン」や「暴走特急」はハリソン・フォードとスティーヴン・セガールの独り舞台だし、アクションとは無縁の「ダージリン急行」でも主演は男三兄弟。姉妹三人ではないのだ▼思うに「ビークル好き」とは圧倒的に男に多いのではないか。カーレースが離婚の一因となったスティーヴ・マックィーンや、フェラーリの全車種を所有し、ロールス・ロイスのリース契約で裁判沙汰を起こしたニコラス・ケイジ、なにかといえばすぐ乗り物映画を撮りたがるヒッチコックらに匹敵する「ビークル好き」な女優、女性監督といえばだれがいるだろう。女が好きなのは乗り物に付随する「旅」や「物語」であって、乗り物の機能であるスピードやメカニズムやボディの美しさではないと思える▼本作なんかマア見事に男の映画である。いい役者が多すぎて全員の名前をあげられないが、アーネスト・ボーグナイン、ピーター・フィンチ、ジョージ・ケネディら、それでなくとも暑苦しい曲者たちが、サハラ砂漠の真ん中に不時着したのだ。クソ熱い映画にならないで何になる。ロバート・アルドリッチは見渡す限りの砂漠にポツンと遭難した飛行機を上空から映す。非情の太陽が支配する死の土地に、アブストラクトの傑作を見るような詩情が湛えられている。砂漠の密室劇ともいえる濃い濃度で映画は動かない。砂漠に不時着した飛行機のようにこの映画は動かないのだ。男たちの極めて限定された行動と、吐き出される、お互いを中傷する言葉だけがスクリーンを往来する。男たちはこれでもかといわんばかりに際限なくぶつかりあい、傷つけあい、裏切るのだ。アルトマンは若いスマートな青年たちを映画の冒頭、早々と死なせてしまい、生き残った「おっさん」ばかりで最高の劇にしようと決めたらしい。そういえば本作以後「北国の帝王」や「ロンゲスト・ヤード」ではリー・マーヴィンといい、バート・レイノルズといい、見るだけで汗が滲んでくるような「熱い男」たちが主演を張りました▼神業といわれる操縦の腕をもつ初老のベテラン機長タウンズ(ジェームズ・スチュワート)、彼の右腕モラン(リチャード・アッテンボロー)、組織好きな仕切りや英国陸軍大尉ハリス(ピーター・フィンチ)、大尉の従卒であるが彼の命令に背く軍曹、神経を病むコッブ(アーネスト・ボーグナイン)、ドイツ人の航空機設計士ハインリッヒ(ハーディ・クリューガー)は、墜落した飛行機を改造しようという改善案を出す。一人、また一人と命を落としていく遭難現場で、一か八か「ドイツ野郎」のいう通りやってみようとなる。ハインリッヒは、機長は年寄りだし腕も不確かだから墜落した、この作業のリーダーはオレだと断言し昼夜兼行、渇きで死ななくても疲労で死ぬと思われる重労働に全員を駆り立てる。水は一滴もなくなった。解体接合作業は済んだ。あとは飛ばすだけだ。「飛べばね」と機長。むかつくハインリッヒ。だが飛行機を扱えるのは機長しかいない。クライマックスはここからです▼この映画が傑作とされるのは危機窮乏に陥った男たちの男ぶりであり、男臭さであると言ってしまうのは簡単ですが、同時に救いようのない事態にもかかわらず彼らが発揮するエゴや狡猾や、軽蔑や責任のなすりつけあいの、それらのすべてに人間心理の真実があるからです。ロバート・アルドリッチの描いた女といえば「何がジェーンに起こったか?」「ふるえて眠れ」のベティ・デイビス、「甘い抱擁」のスザンナ・ヨークがいます。遺作となった「カリフォルニア・ドールズ」も女性の映画でした。女はみなアルドリッチにひどい目にあわされていますが、自分の力をふりしぼろうとする内面の劇には男も女も変わりありませんでした。心の中にだれもがもつ悪徳や醜さや残酷さ、弱さを、真実という光にしてしまう、それが彼の映画を不朽にしています。

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