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シネマ365日

2014年11月19日

特集 ビークル・ムービー 夜行列車 (1959年 社会派映画)

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監督 イェジー・カワレロウィッチ
出演 ルチーナ・ヴィニエツカ/レオン・ニェムチック

人は夜汽車に乗る 

 いい邦題ですね。原題は「列車」なんですが「夜行列車」のほうがはるかにいい。闇の中を走る夜汽車。ノスタルジーをかきたてるものがあります。枕木のきしみ。時々鳴る鋭い汽笛。車窓からは夜の色のない空間がどこまでも続く。夜行列車が走る土地はたいてい田舎だ。ところどころ窓に見えた明かりも、深夜になれば黒く塗りつぶされる。乗客は列車の振動と、汽笛と、かすかにうかがえる山か海か、小さい町の屋根のつらなりか、忘れられたような村か、川か野か、気配しかわからない風景が夜の底に沈んでいる▼ワルシャワからバルト海沿岸のリゾート地に出発する寝台特急がプラットホームを出ようとしている。ホームは混雑し人をかきわけながら乗客が列車に乗り込む。黒メガネの男イェジー(レオン・ニェムチック)が一等コンパートメントに近づき、切符がなかったが強引に乗車した。一室二段ベッドだ。ひとりになりたい男は部屋を独占したくて上段のベッドの分も切符を買った。ところが「16」のコンパートメントにはマルタ(ルチーナ・ヴィニエツカ)という若い女が座っていた。押し問答の末ゴタゴタを起こしたくないイェジーは譲り、マルタと同室になる▼いかにも意味ありげな女としてマルタが登場します。よく動く目。映画はモノクロですから瞳の色はわかりませんが、感情を抑圧した目がなにかいっぱいかかえている内面をかえって能弁に語っている。イェジーはマルタを観察しながら興味ありあり。マルタもまた落ち着いた中年の人品いやしからぬイェジーの態度物腰に、無関心を装いながらチラチラ視線を走らせたりします。列車には老弁護士と若い妻。若い青年牧師と師匠格の牧師。独身主義のおじさん。不眠症の男。さまざまな乗客の人生の一端がさりげなく提示されていきます。イェジー・カワレロウィッチ監督の映画はほとんど日本で紹介されていません。いちばんよく知られているのは1960年のカンヌ国際映画祭特別審査員賞を受賞した「尼僧ヨアンナ」でしょう。主演は本作と同じルチーナ・ヴィニエツカ。監督のパートナーでもあります▼寝台特急の通路は狭い。ひとりが壁に肩をよせないとすれ違えない。わけありのマルタは発車そうそう普通車の男から女車掌が預かったメモを受け取り、一読してこまかくちぎり窓から棄てる。それをイェジーが興味深くみている。女もまたそんなイェジーの視線に気がついている。弁護士の妻は老いた夫の干渉がうるさくてしかたない。すぐ自分を探す夫から適当な理由をつけては離れ、イェジーにスリスリ。しかしイェジーとマルタは列車の進行とともに一触即発である。ふたりとも明るい雰囲気ではなく過去に、背後に暗い荷物を背負い、その暗さがお互いを惹き合い、マルタをおいかけ、窓を割ってはいってこようとさえした男は無情にも追い払われる▼殺人犯が列車に潜伏したという一報が入る。私服の刑事、制服の警官が乗り込み列車内は騒然。イェジーが疑われ車掌室で尋問を受けるが容疑は晴れる。コンパートメントに戻ってきたイェジーはマルタにむかって一気に秘密を打ち明ける。彼は医師で手術に失敗し18歳の娘を死なせた。マルタはマルタで実らぬ恋に疲れ旅に出て自分を取り戻そうとしていた。夫との暮らしに不満の妻。妻に安心できない夫。眠られぬ男。独身者の強がりと孤独。通路に腰をおろし、ひしめきあう三等車両の貧しさと明るさと殺人犯を乗せて夜行列車は走る▼夜明けに汽車はバルト海沿岸に着く。殺人犯は逮捕された。汽車を急停車させて逃走した犯人を、乗客が一団となっておいかけ、野原で殺人犯を追い詰めたのである。犯人はむしろ恐怖でひきつっていた。朝の光がさす明るい寝台車から、旅装を整えた乗客が降りていく。窓際には飲み残したドリンクの容器、ゴミで散らかった床、しわくちゃの寝具。イェジーは妻が迎えにきている。マルタは親切だった女車掌をハグし、トランクを持って降りる。行く先は告げなかった。車掌が見送ったのは白い高い波が寄せる海岸を歩いて行く後ろ姿だ▼ある男とある女のあいだで縮まる距離。ある男とある女で弾き会う接点。人生になにかを求める人。受け入れる人。拒否する人。彼らがかかえる心のドラマは、朝とともに、夜汽車が夜汽車でなくなり、普通の列車になってしまうと共に消える。だからひとはなぜかときどき夜汽車に乗りたくなる。

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