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特集「アニマルフェスティバル」

2015年1月13日

特集「それいけ、アニマル・フェスティバル3」 月のひつじ (2000年 事実に基づく映画)

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監督 ロブ・シッチ
出演 サム・ニール

月のヒツジの挑戦 

 ヒツジ年だから一本くらいはヒツジ映画をと思って選んだのだけど、なによ、ヒツジの「ヒ」も出てこないわ。DVDのパッケージにはヒツジの群れが月を見上げていたじゃない。くそ。しかし見終わってから思うに、タイトルのヒツジはオーストラリアの象徴なのね。そういうことで「ヒツジ」映画だとするわ。全編にオーストラリアらしい雄大な明るい大気が満ちている。とてもいい気持ちになれる映画だったしね。それにしてもアポロ11号の月面着陸という、アメリカがケネディの陣頭指揮で、金と技術と経験と知能を注ぎ込んだ国あげての大事業と、それを中継したのがオーストラリアの片田舎パークスだったというギャップ。パークスチームは総勢5人、NASAの巨大組織に比べ豆粒ほどのチームだ。うち一人は警備員。NASAから派遣されたアルと地元の技術者ロスはしょっちゅう摩擦をおこすが、それを止めに入る所長クリフ(サム・ニール)は、いつも赤いガーディガンを羽織って悠揚迫らない人物。職員はみなTシャツにGパン、ラフな出で立ちで仕事している。赴任したアルは「ここには制服がないのか」と呆れる▼パークスって、ほんと直径67メートル、ディッシュ(これが原題)と呼ばれる巨大なパラボラアンテナがあるだけの田舎。その町にアポロ11号中継という大仕事が降って湧いた。NASAは世界に人類の夢の実現を中継すべく、カリフォルニア州ゴールドストーンの受信設備を使うつもりだった。ところが打ち上げのスケジュールがずれ、月がアメリカの裏側にあって電波が届かない時間帯に月に到着することになってしまった。仕方ない、そういえば南半球に最大の「ディッシュ」を持つパークスという天文台があったぞ。世紀の一大イベントの中継の成否は、人口よりヒツジの数のほうが多い、小さな天文台の大きなディッシュに託された▼首相やアメリカの駐豪大使が見学にくるとあって町は歓迎ムード一色。大きな公式行事などあったためしのなかった町では町長はじめ全員がお祭り騒ぎで迎えるが、歓迎パーティでアメリカ国家を間違えるドジぶり。天文台では几帳面に業務日報をつけるアルにロスが「米国人しか仕事できないと思っているのか、おれたちはだれの指図も受けずにやってきたのだ」とくってかかる。「NASAもおれたちも宇宙への夢は同じだ」となだめるクリフ。そこへ停電。受信不能となり、巨大アンテナが勝手に動いたわずか数分にアポロ11号の軌道を見失った。クリフはNASAからの質問に「順調に受信している、トラブルは他の中継地ではないか」としらばっくれる。位置測定もできない天文台と要員をだれがそのままにしておくだろう。NASAにうそをついたのかと所員たちは青くなるが、アルは「まちがいはだれにでもある。さあ仕事だ」パークスチームをかばい軌道修正に全力をあげる。全員徹夜でアポロの位置を、無限の宇宙のどこかにいる、けしつぶよりまだ小さい宇宙船の行方を探すのだ。太陽が上ってきた。月が薄れようとしている。アルがいう「絶対確実なことがある。アポロは月に向かっているのだ。あの月だ」我に返った所員たちは月にむかってアンテナを回転させる。回転させるといっても1000トンの重量である。鋼鉄の骨組みがギシギシ重苦しい音をたてながら動く。あとは角度だ。微調整を繰り返すコンピューターがついにアポロの発信音をとらえた。7月19日だった。月面着陸予定は20日である。この調子を維持したら無事に映像を受信できる。町中の住民がテレビの前にかじりついてそのときを待っている▼ところがだ。ざわざわと不気味な風が吹き始めた。台風である。気候が安定しているパースト天文台では、最大風速15メートルの対応しかない。そこへ風速25メートルの台風だという。大きな皿に風を食らったら天文台は倒壊だ。しかしアポロ11号から受信する位置は台風のまともにアゲインストだった。風を避けたら中継はできない。クリフは所員の安全を優先し中継中止を言う。みなが言う。「後悔するぞ」「11は幸運の数字だよ」「やってみなければわからない」全員の顔を見ながらクリフは決断「皿を風に向けろ」月のヒツジは挑戦を決めたのだ▼アポロ11号からの声と映像は世界に送られた。アームストロング船長「静かの海基地上空、水平速度維持、高度22メートル、接地ライト点灯。エンジン停止、静かの海基地着陸へ鷲は舞い降りた。壮大な荒涼だ。人間にとっては小さな一歩だが人類にとって大きな一歩だ。宇宙船の前脚にこう彫られている。ここに人類は初めて月にその足跡を記した。平和のうちに全人類のために」1969年7月20日。風速25メートル以上の強風のなかをパークスの所員たちはとぎれることなくテレビ映像を送り続けた。パークス天文台は現在もNASAの計画に参加し、牧羊地の真ん中にポツンと立っている。

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