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シネマ365日

2015年1月20日

特集「イギリス映画/さりげない日常」 ラヴェンダーの咲く庭で (2004年 家族映画)

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監督 チャールズ・ダンス
出演 ジュディ・デンチ/マギー・スミス/オルガ・ダニロフ/ミリアム・マーゴリーズ/ナターシャ・マケルホーン

堪能させる演技 

 イギリス映画の「さりげない日常」ってピカ一だと思うのよ。文学史でいえば「意識の流れ」のような地味で内省的な作風がいかにもイギリスの精神風土を表している。ダロウェイ夫人が6月のロンドンを歩いている、田舎町の牧師館で風が騒ぐ、パーティの会場から抜け出た女性が草むらを歩くときのドレスの衣擦れ、そんな情景をバシッと映画にしちゃうのよね。ヨーロッパ映画ファンのひとりとしては、先に「スペインの映画」を特集したから一度は「イギリスの映画」をくくりたいと思っていたの。コメディの名作からゲイ、社会派までじつに奥が深いのですが、とりあえず「さりげない日常」をテーマに選びました▼「ラヴェンダーの咲く庭で」はとてもいい映画ですよ。静かで穏やかで、ベッドシーンもラブシーンもないのに、登場人物が隠し持つむらむらした恋情が伝わる。一方では遊び慣れた中年男の軽薄な感情もしっかり描出する。チャールズ・ダンス監督は多才な人でして、本作は監督デビュー作ですが、俳優としても「 エイリアン3 」「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」「ゴスフォード・パーク」などに出演しました。主演がまたすごい。本作の姉ジャネットにマギー・スミス(「 天使にラブソングを 」「 マリーゴールド・ホテルで会いましょう 」「 ハリー・ポッター 」シリーズ)、妹アーシュラにジュディ・デンチ(「プライドと偏見」「 恋におちたシェイクスピア 」「 J・エドガー 」)。いわずとしれたイギリスの二大オスカー女優です。ホグワーツ魔法魔術学校の変身術のスペシャリスト、ミネルバ副校長と、007の鬼上司Mの共演でもあります▼時代は1936年というから第二次世界大戦前夜のイギリス、コーンウォール。季節の花の咲き乱れる庭から美しい海が見渡せる一軒家に、親の遺産を相続し経済的に恵まれた、初老の姉妹が暮らしている。お金に不安のない生活であることが、ふたりの落ち着きぶりからわかる。しっかりものの姉ジャネットに、夢見るときを過ぎてもどこか少女の心を残す妹のアーシュラ。肝っ玉おっ母ともいうべき家政婦のドルカス(ミリアム・マーゴリーズ)が、ラヴェンダーの咲く庭で恋のなりゆきとその終息を見守り、何事もないように映画は日常に戻っていく。悪人がひとりも出ない映画なのに刺激に事欠きません。デンチのおののくような視線、男の髪にそっと伸ばすしわだらけの手の表情、愛しさを抑えるように胸の前で合わせる両手のしぐさ。それを見る姉の、みたくないものを見たという目、ふたりだけの姉妹で仲良く暮らしてきて、いきなり生じた不協和音に冷静に対処しようとする姉、でも心のどこかでは闖入者である青年への関心を抑えきれない。ちぐはぐになってしまった姉妹の感情生活に、でもどっしりした生活者の家政婦だけはまきこまれない。男はいずれ出て行く運命、ジェネットさまもアーシュラさまも、のぼせ上がるのは程々にしなくちゃ、と覚めきっている。姉妹には丁重に応対するが、家政婦だとぞんざいな扱いをする男の描き方も監督はリアルだ▼男はアメリカ渡航の途中、嵐で船が難破し男だけコーンウォールの海岸へ流れ着いた。男を助けた姉妹は医者を呼び看護し、足首を折った男に上げ膳据え膳、ドルカスは下の世話までさせられる。健康な若い男はポーランド人で英語が話せない。アーシュラは男に英語を覚えさせたいとまるで付き切り。そんな妹の情熱に姉はとまどう。彼女は寡婦である。妹は「姉さんは結婚生活があった、わたしだけないのは不公平だわ」だからアンドレア(男の名前)に興味を持って(興味以上だと思うが)なにが悪い…姉は騒がず「人生は不公平なものよ」といいながら自分だってドイツ語の辞書を引いてアンドレアとの会話に入ってくる。要はふたりとも男にかまいたくてしかたない。アンドレアがヴァイオリンの奏者でアメリカ留学をめざしていたことがわかる。折もおり、村で絵を描いていたロシア人の若い女オルガ(ナターシャ・マケルホーン)は高名なヴァイオリン奏者の妹だとわかる。オルガはアンドレアの才能を兄に教える。姉妹は若いきれいな女、しかもその女はアンドレアの肖像まで描いて接近する。心穏やかでない。オルガは「兄にアンドレアを紹介したい」と礼儀正しく書面で姉妹に了解を求めるが、ジャネットは暖炉にくべてしまう。けっこう過激派である▼アーシュラの男への息苦しい思慕と絶望、ジャネットの嫉妬と抑制が、ありふれた日常のなかで異様な緊張感を高めていきます。女優ふたりに人を堪能させるなにかがあります。アンドレアはヴァイオリンの奏者としてロンドンでデビューする。姉妹は会場に招かれ、村の人々はラジオを囲み、固唾をのんで演奏を待ち受ける。みないい人たちばかりだ。アンドレアは姉妹に礼を述べたいと近づくがいまや名士である彼には、あちこちから声がかかる。姉妹はそっと会場を去る。翌日、朝の光のなかを、いつもと変わらずよりそって海岸を散歩するふたりの後ろ姿。台詞も音もない静謐な情景が雄弁だ。

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