女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

シネマ365日

2015年1月25日

特集「イギリス映画/さり気ない日常」 眺めのいい部屋 (1986年 恋愛映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ジェームズ・アイヴォリー
出演 ヘレナ・ボナム=カーター/マギー・スミス/ジュリアン・サンズ/ダニエル・デイ=ルイス/ジュディ・デンチ

「日常」という切なさ 

 イギリス映画の伝統のひとつは「さりげない日常」を描くことにあると長い間思ってきました。ドラマティックな要素のない日常を、第一級の映画にするために。それらの映画はなにを見せてきたのかというと「日常にある切なさ」あるいは「凡人が生きる切なさを描いた日常」だったと思うのです。本作はごくありふれた恋愛映画です。出会いがあり、好意をもち、すれ違い再会があり、言い争い、別離を告げ女は別の男と婚約し、男はあきらめきれず女を追い、女は婚約を破棄し元の男と結婚する。この面倒くさい話をイギリス独特の庭園やらティータイムやら、良家の子女たる女性の良識やら、ピアノのお稽古を組み合わせ「めでたし、めでたし」に持っていく▼いい映画を作る条件として「一スジ・二ヌケ・三ドウサ」があげられてきました。日本映画の父・牧野省三の言葉と伝えられます。スジとは脚本、ヌケは映像技術、三は役者。役者殺すに刃物は要らぬ、の世界ですね。邦画だろうと洋画だろうと、ハリウッドだろうとボリウッドだろうと通用する卓抜な見解だ。本作においても例外ではありません。脚本も映像も、とくに映像技術においては時代風俗衣装が当時より洗練している、いや当時をみたことはないのですが映画の表現力として洗練されているのです。それに役者にしても主役・脇役の顔ぶれの豪華さはどうだ。イギリス映画の名作といえば、なんでこのふたりがいつも出てくるのだろうと癪にさわるようなマギー・スミスとジュディ・デンチが、ここでもおさまっていることは目をつぶろう。でもこうまで役者がそろうと、粗筋がどうのこうのというより、もっと好き勝手にほかのことを書いてみたくなる▼本作の主人公は良家のお嬢さんルーシー(ヘレナ・ボナム=カーター)であり、恋人役のジョージ(ジュリアン・サンズ)だ。だれがみてもそうだろう。でも敢えていいたい、ヒロインにふられる婚約者のセシルのほうが断然いい男だし、ルーシーの従姉妹であるものの、召使のように彼女を世話する中年のシャーロットにこそ、やるせなく生きてきた「日常の切なさ」がにじむのだ。これらを演じる役者がだれあろう、ダニエル・デイ=ルイスとマギー・スミスである▼セシルは教養のある文学好きの青年だ。片時も本を離さず詩を読み引用する。キスしようとして鼻眼鏡をずり落とすような不器用な男だ。やさしくおだやかであるが妥協しない気位の高さがある。テニスだ、乗馬だと外を走り回っているルーシーは、インドア・書斎派のセシルが老成した青年に思えて仕方ない。それにひきかえジョージは、初対面のルーシーの弟とでも丸裸になって池で泳ぐアウトドア派だ。ルーシー一家はすっかりジョージ贔屓になる。隙を狙ってキスするようなワイルドなジョージに比べセシルは礼儀正しく、寝室の前までルーシーを送り、ちょっと頬にキスしきちんとドアが中から閉まるのを見届けると、キスしてくれたのがうれしくてたまらないようにうきうきと階段をあがる。ダニエルの長身痩躯の後ろ姿のまあ絵になること▼マギー・スミスの顔芸こそ役者の技量である。脚本は映画成功のための大事な要素だが、脚本を声に出し顔と体を動かして肉体化するのは役者なのだ。ルーシーの世話役を任じながら自分が嫌われていることをシャーロットは知っている。ルーシーの家では「シャーロット」とは言わず「哀れなシャーロット」と呼ぶのが習慣だ。家が没落したのだろうが屈辱的な扱いである。シャーロットは確かに教養もなく年だけ重ねた中年の女性だが、なにかと援助を受けねばならない従姉妹の家との関係においては、あまり賢くみえないほうがうまくいくことくらいは知っている。だから彼女が一見くどくどとルーシーの心配をするのは、ルーシーが可愛いというより(もちろんそれはあるが)、自分の役どころを彼女の実家にアピールするためだ。そんな屈折した女を、マギー・スミスは声と表情の繊細な変化でみせる。聴き応え・見応えのある顔芸・声芸といわずして何というべきだろう▼彼らふたりがたっぷりとスキルを駆使して表現する「ありふれた日常にひそむ切なさ」に比べたら、セシルのことを「やつは女性とはおろか、だれとも理解しあえない、女性をわかっていない、彼は君を絵画や象牙の箱のように扱っている。人間と認めていない、愛していない」という単細胞のジョージや、その言葉を婚約破棄の理由にそっくり引用するルーシーの凡庸さには失笑した。ヘレナ・ボナム=カーターはまともな女性の役をやって貧乏くじを引いた。彼女の本領はやっぱりティム・バートンとめぐりあってからだな。

Pocket
LINEで送る