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特集「フリーク/変態の詩人たち」

2015年2月2日

特集 フリーク/変態の詩人たち ラビッド (1977年 ホラー映画)

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監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演 マリリン・チェンバース

新しい種

 「ラビッド」とは狂犬病のこと。ヒロインが吸血ウィルスに感染し、ヴァンパイアみたいに生き血を飲んで生存する肉体になる。血の補給ができないとまず多量の汗をかき高熱を発し、泡を吹く。WHOの分析結果によると目下ウィルスを治療する方法は皆無、感染者は撃ち殺すか厳重に監禁して餓死させるかである。ずいぶん野蛮な対応だと思うが、デヴィッド・クローネンバーグの眼目は治療法などではないからやむをえない。クローネンバーグの30代~40代の映画の特性は一言でいうと「変身」だ。なぜ変身させたいのか。なんらかの変身を遂げて日常性から脱皮し、異界にすべりこむのである。それならカフカの「変身」と同じ方向性かといわれるかもしれないが、どうも違う。カフカに異常な関心を示したのはミヒャエル・ハネケであって、彼の関心はカフカの脳内世界・精神世界の変身の映像化だった。クローネンバーグは違う。具体的な形や肉体の変化だ。だれの目にも見え、手で触って触感を確認でき、音を聴き、変化した生物はあるときは寄生虫であり、あるときはハエであり、異様の生物のままバリバリ食べられていたのは「イグジステンス」だった▼クローネンバーグの映画では、性器もしくは性器モドキの器官は描かれるがセックスそのもののシーンというのは控えめだ。必要やむをえないからほんの一部だけ、それも渋々撮ったという出し方が多い。「クラッシュ」にあるのはエクスタシーを得る特殊な場合であって、通常のセックスとはちがう。彼が映したいのは行為ではなく感じ方なのだ▼クローネンバーグの映画にいわゆる幸福や家庭の団欒や、ハッピーエンドとホームドラマの要素は皆無だ。関心がないのだから仕方ない。彼の映画製作は「クローネンバーグ組」ともいえるツーカーのスタッフと家族で組まれ、息子も娘も映画づくりの道に入っている。再婚した夫人とは30年近く連れ添っている。決して人嫌いでも家族愛に背を向けた孤独な男でもないものの、彼の映画世界はモロ変態である。本作はクローネンバーグが女を主人公にした非常に珍しい映画だ。ヒロインのローズを演じたマリリン・チェンバースはハードコア「グリーンドア」で主演したポルノ女優だ。クローネンバーグはそんなことはきれいさっぱりどこかに置き忘れたのかのように、彼女を裸にもせずセックスもさせず、ただただ治験医療の犠牲になった不運な女性として、寒々とした運命を与えラストのやりきれない悲劇をきわだてている。つぎからつぎ絶望的なまでに異形と異界に執拗にこだわる彼の映画作りをみていると、クローネンバーグとは映画界における新しい種だったのではないかと思う。日常と非日常、通常と異常、自律的肉体と違犯的肉体、あらゆる相貌の変身と歪みのハイブリッド。彼はイメージと現実の境界を侵犯し異界を、すなわち彼にとっての新しい価値をつくることに没頭する。彼の創りだすイメージは奇妙でグロテスクで変わっているが醜くはない。あえていうなら遊戯とエロスが混交した「トンデモ世界」なのだ▼粗筋をくどくど書く興味はもう失せてしまったのだけれど、好演のマリリン・チェンバースへのリスペクトとして書こう。クローネンバーグの生物フェチがよく現れているのだが(彼はトロント大学の生化学専攻)、交通事故で重傷を負ったローズが救急車で形成外科病院に運び込まれる。院長は極秘裏に勧めていた皮膚移植の実験に充てる「患者の大腿部から採取した皮膚を、損傷部分に移植する前に形態形式的に中和する。中性化皮膚移植だ。大腿部の皮膚でも処理を行えばその部位の特性を失う。つまり中性化された皮膚組織は人間の胚と同様身体のどの部分にもなれる。ただ中性化皮膚の移植は腫瘍が発生する危険を伴う」とんでもない医者である。その結果移植された脇の下に生じた腫瘍は口をひくひくと動かせ、人を傷つける武器に等しい、ペニス状の突起物をつきだし刺すのである。吸血ウィルスに感染したローズは、血液を補充しないと生きていけなくなり、噛まれた相手は狂犬病によく似た症状を示す。つぎつぎ発症者がふえ、モントリオール市街に戒厳令が敷かれ感染者は撃ち殺された。ローズは幼なじみの女友達のアパートにたどりつき血液不足で倒れてしまう。冷たい汗を吹き出させ震えるローズを友達はやさしく看病し、暖かいスープをつくってやるが…パンデミックに対してとられた方法は殲滅です。野良犬が食っていたローズの死体は、夜明けの街のゴミ回収車に収容され断裁されます。埋めがたい絶望がシュールな詩情となっていたラストでした。

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