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特集「男前」

2015年2月8日

特集「男前2」 ケイト・ブランシェット ブルー・ジャスミン(2013年 社会派映画)

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監督 ウッディ・アレン
出演 ケイト・ブランシェット/アレック・ボールドウィン/サリー・ホーキンス

破滅へ地すべりする女

 夫が破産してセレブから転落した女はいくらでもいる。いい男をみつけて再び社交界復帰をめざし多少のウソをつく女も許せる。たった二人の姉妹にもかかわらず(彼女らはどっちも孤児で、同じ家の里子として成長した。血のつながりはない)けなしあってばかりいるのも、広い世間にはないこともないだろう。経済的なドン底に落ち夫と死別したことはドロップアウトの一因だったかもしれないが、それだけで鼻つまみ者にはならないはずだ。ジャスミン(ケイト・ブランシェット)の転落に歯止めがないのは、彼女自身の性格がどうしようもない、嫌われ者であることだ。人のことをひとつも考えない。人を自分が快適であるための、あるいは得をするための手段としか考えない。妹夫婦が宝くじで20万ドル当たった、それを元手に商売を始め貧しい暮らしから抜けだそうと夢を描いた、姉は金融ブローカーの夫に預ければ何倍にもなるという。妹はその気になり(確かに彼女にも欲はあったが)夫に現金をはたき出させる。夫がやっていることは詐欺同然だ。うすうすわかっていながらジャスミンは妹夫婦をスッテンテンにしてしまう。ウッディ・アレンは人格欠落女であるヒロインを冒頭からこう登場させる。飛行機で隣同士の席にすわった年配の夫人は、迎えにきた夫にジャスミンのことを「知らない人よ。たまたま隣のシートにすわったの。聞かれてもいないのに自分のことばかりべらべら喋ってばかりいるのよ」眉をひそめて小声で教える▼ジャスミンはADD(注意欠陥障害)と診断されている。それがどんな障害か。ふくろうが捕まえたネズミの肉を鋭いくちばしで裂いていくように監督は腑分けする。残酷きわまりない結末なのだが、演じるケイト・ブランシェットがかわいそう…それだけに終わらせていない。ジャスミンの虚栄やあさはかさや、虚言癖や、無思慮やエゴイストであることは、程度のちがいこそあれだれでも備えている性質だということを力強い演技で説得する。自分に都合のいいうそなどだれでもつく、自分をかばいもすれば人のせいにもする。責任なんか負いたくないし、ほかの人におしつけていればなんとか凌いでいくものだ…観客はジャスミンの処し方にいつしか、軽蔑も憤慨もできないものを感じてしまう。ケイト・ブランシェットのジャスミンの捉え方は「人はだれでも妄想を描くことで自分自身の人生をこしらえている部分がある」という軸足で徹底している。いずれ狂気にのみこまれる女を「わが隣人」としてアプローチすることでその「隣人像」を明晰にしている▼ジャスミンの悲劇は、例えばこう考えればどうだろう。妄想するのはだれしも当然の行為でありながらだれしもが狂気に至らないのは、ほとんどの人はだれかを、なにかを愛することができるからだ。自分の命と等しく、あるいはそれ以上に慈しみ、いっしょにいることやそれをすることに価値を見出すものを持っているからだ。愛情とは人を等価にする。公平にする。許すことを教える。劇中妹のジンジャー(サリー・ホーキンス)は姉の性格を一言でこういう。「都合のいいことはわかっていても知らないふりをするのよ」。そうやって夫の金融詐欺を「知らぬふり」をし、人からだまし取った金で豪華な生活を送った。夫が若い女と浮気したあげく本気で愛しているとわかったらFBIに夫の犯罪を通報し、刑務所に入った夫は獄中自殺した、破産した妻は、羽振りのよかったときは洟もひっかけなかった妹のアパートに転がり込み、社交界に復帰できる地位と財力を備えたつぎの男を物色することに人生を賭ける。それだけならご自由としても、妹に向かい「男の趣味が悪すぎる。負け犬を選ぶのは性格が卑屈だからだわ。だからこんな暮らしから抜け出せないのよ」妹は言い返す。「わたしがこんな暮らしなのはあんたが世紀の負け犬と結婚し、わたしたちが這い上がるための一世一代のチャンスをつぶしたからよ」▼姉はついに自分を今の境遇から連れだしてくれる理想的な男に出会った。政界進出を目論むエリート外交官ドワイトだ。彼に話をあわそうとジャスミンは、夫は外科医で手術中心臓発作により死亡、自分の職業はインテリア・デザイナー、子供はいないと自己紹介。大学を中退したのも在学中夫と出会って恋におち、乞われて結婚したからだという。ウソがばれたジャスミンは独り言をいいながら町をさまよいベンチに腰をおろしつぶやく。「結婚するのよ。パームビーチで挙式するの。なにを着ようかしら。なにがいい? パリで買ったディオールのドレス。あの黒いドレス。あの曲はブルームーンね。昔は歌詞を覚えていたのに。なにもかもゴチャゴチャなったわ」まわりの人たちは気味悪がって去っていく。ジャスミンの精神基盤はゆっくりと地すべりを起こし倒壊しようとしている。彼女が資格をとるためにパソコンを習いにいこうという実務知識と技術のなさも、なにも自分の経済基盤を持ってこなかった、浮いた生活を物語っていてうら悲しい。自己愛も自己保存本能もだれにでもある。でも自分以外のなにも愛せなかった人というのも、見ていてつらいものだね。

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