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特集「男前」

2015年2月12日

特集「男前2」 キーラ・ナイトレイ アンナ・カレーニナ(2012年 文芸映画)

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監督 ジョー・ライト
出演 キーラ・ナイトレイ/アーロン・テイラー・ジョンソン/ジュード・ロウ

ダークヒーロー 

 アンナ・カレーニナは何度映画化されたのか。記憶しているだけでもグレタ・ガルボで2回、ヴィヴィアン・リー、ロシア人女優ではタチアナ・サモイロワ、マリヤ・プリセツカヤ、ジャクリーン・ビセットやソフィ・マルソーまでいました。文学史のみならず映画史のビッグ・スターですね。ところでアンナの世紀の恋の相手、今回のヴロンスキー伯爵はだれだろ。これがまあ、アーロン・テイラー=ジョンソンじゃないですか。あのヒーローオタクの「キック・アス」の子が。いやいやそれよりもっと前、彼は17歳のとき「 幻影師アイゼンハイム 」で、エドワード・ノートンの子供時代を演じました。一途な恋が引き裂かれる、涙がにじむような純な少年よ。その2年後彼はアイゼンハイム少年を地で行くような恋を成就させています▼デビュー前のジョン・レノンを描いた「ノーウェアボーイひとりぼっちのあいつ」で主役を射止めたアーロン。主役だけでなく監督のサム・テイラー=ウッドのハートまで射止め、ふたりは婚約し、結婚し二児を得ています。サム・テイラーがアーロンより23歳年上であることについて、アーロンは「彼女はヤング・ソウル。ぼくはオールド・ソウルだからバランスがとれている」と語っていた。いつのまにこんなに早く成長していたのだろ。その彼が22歳にしてヴロンスキー伯爵を演じたのだ。キーラ・ナイトレイに貫禄負けしていないかと案じたが、なかなかどうして立派に演じていましたよ▼この映画の成功はキーラがアンナをダークヒーローとしてとらえたことです。ロシアの貴族社会で不倫がばれた女は破滅でした。男は不倫だろうと浮気だろうと(原作者のトルストイだって、彼の女性に対する貴族男の感覚は、アンナの兄オブロンスキー公爵の女好きに一脈通っています)。女性にはアンナ・カレーニナ型というタイプがあります。破滅がわかっていて恋に走る、いや破滅したのちも自分を弾劾する世間の方を蔑視する誇り高い性格。非常に魅力的ですよ。「アンナ・カレーニナ」は退屈きわまりない「戦争と平和」や、説教くさい「復活」なんかと比べ段違いの傑作です。女によっぽど複雑な思いがあったのでしょうね、原作者には▼トルストイのもうひとつの傑作「イワンのばか」は彼の思想の結晶です。一言でいうと自分の気質のなかで生きる人間です。「やると思えばどこまでやるさ」と「ダメなものはダメ」で生きるのが彼である。自分の考え方と方法以外のやりかたは「言語道断」で生きる男である。これが時代にうろたえない力強い道徳観と自律観を形作っている。アンナはイワンの女子版だと考えるとトルストイの描きたかった女がよくわかる、同時にそれがとても新しい女になっている。アンナは聡明ですから自分の行動がどんな結果を引き起こすのかよくわかっていた。なにしろ「主人? 家具といっしょよ」なんて言う女性ですからね、ヴロンスキーもたじたじ、遠からずアンナのような女にとっては自分も家具の一部になるだろう…不倫の関係になってヴロンスキーは世間や社交界から爪弾きにされながら、それでもアンナと離れずいっしょに暮らすのは愛情もあったでしょうが、恐怖も大きかったのではないか。アーロンはきれいな顔をしていますから、彼が軍服の盛装なんかしたところは、大げさでなく水もしたたるのですが、いわゆる悪女に魅入られたハンサムボーイという位置づけが明らかになっていきます。トルストイの小説に男の悪人ってだれかいたっけ。ドストエフスキーは男といえばほとんどろくでなしで、究極の悪霊スタヴローギンなんて生み出していますけどね。それに比べトルストイの男はみな、わけのわかったことばかり言っておとなしいですよ。アンナこそトルストイの創生した最高のダークヒーローよ▼この映画で得したのはアンナの夫カレーニンに扮したジュード・ロウですね。頭がはげあがっている。額を剃ったというけど、うそ。ジュード、とうとう地毛で勝負できたじゃない。カレーニンは政府高官である。彼なりに愛妻家だ。映画化や舞台化では官僚的な冷たい男に描かれやすいが、本作ではなかなかいい男ですよ。このカレーニン好きだなあ。ラストではアンナがヴロンスキーとのあいだに産んだ娘をやさしく育てている。「なんでわたしがこんな目に」とうなだれて絶句する姿って、ほんと、気の毒になったわよ。見方によってはアンナって、いけ図々しい色男の誘いにのって足を踏み外した軽薄女ってことになるわけでしょ。事実、社交界のほとんどの解釈はそうなのよね。男と出奔した妻は愛だ、恋だとやりたい放題、ひきかえ夫は「家具」だなんて言われている。たまったものじゃない。そこをジュード・ロウはみじめに嘆いてみせ「わたしは本来寛容な男です、人を憎みません、でも妻は憎い、許せません」…こういう構図がアンナのダークヒーロー像を際立てていきます。キーラ・ナイトレイの作品では「つぐない」のほか、ジョー・ライトと組んだイギリスものがいいですね、このたびの英語を話すアンナ・カレーニナも違和感がありません。

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