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特集「男前」

2015年2月19日

特集「男前2」 マリリン・モンロー 
マリリン・モンロー 瞳の中の秘密(2013年 ドキュメント映画)

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監督 リズ・ガーバス

まれなる女性

マリリン・モンローのプライベートな映像がたくさん入っていて楽しかった。ああ、あのときはこうだったのだな、と思い当たることが多かった。彼女がやったことは世界中の女たちの遺伝子になって、新しい女性像をつくった。マリリンは手記を残さなかったけれど膨大なメモと詩を残した。本質的に散文ではなく詩の人だったのだ。もちろんポール・ヴァレリーの言う「散文は精神の歩行、詩は舞踏」という意味での「詩」です。マリリンの偉大な精神は(こういう書き方や表現に身がすくみ、もっとも苦手とするのがマリリンだったけど)彼女をひとつも理解できず、しようともしない男たちのなかで自分の生き方を枉げなかったことだ。人間には少しは自尊心が必要だと、どこかで書き付けている。あっちこっち、まったくそれらはメニューの裏や封筒やチラシの余白に走り書きされており、なにか感じたときにすぐ書き付けたものだ。自尊心が必要だというこの言葉は、彼女が女優になるためあらゆる手段を弄しながら食費さえ切り詰めて勉強していた無名時代のことを思うと、健気というよりどこまでも自分自身であろうとしたマリリンの希求を感じる▼「成長したい、学びたい、なにもいらない、男も金も愛さえも、演技力だけが欲しい」というのがマリリンだった。1950~1960年代なんて自立する女の思考などとんでもないキワモノでしかなかった。マリリンは幼少時、何軒かの里親をまわって大きくなった。彼女は後年ドストエフスキーの「カラマゾフの兄弟」の、グルーシェンカを演じたいと言っていた。最高のグルーシェンカになったであろう。が、マリリンといちばん性格が似ているのは次男のイワンだと思うのだ。いつも最悪の結果を招き寄せる長男のドミートリイでもなく、思春期の只中に修道院に入ってしまうような末っ子のアレクセイでもなく、イワンは頭のいい理系男子。無神論者であり純情無垢なアレクセイのなかにも悪魔は宿っていると確信している。好色な親父や兄貴が現実の醜さと苛酷さを、アレクセイが人生への信頼と希望を表しているとすれば、イワンこそドストエフスキーが体現させた「懐疑」だろう▼それとマリリンがどう関係あるかって? そうそう。イワンは母親が違ったために子供のころから内向的で、自分の家にいながら他人の家に預けられている、孤児のような疎外感があった。本来自分はここにいてはいけない人間だというふうな。人の世話になるのは肩身が狭いことなのだとでもいうような。ドストエフスキーは残酷にもイワンがもっとも忌み嫌っていた父親に「あなたこそいちばん父親に似ていますよ」とスメルジャコフ(彼は「悪霊」の主人公スタヴローギンの変身に近い)にいわせる。兄弟のなかで最も安定に欠けるのは、冷静かつ合理的精神の持ち主だったはずのイワンなのだ。マリリンが生涯の最後まで希求してやまなかったのは精神の平安だった。こう書いている。「漆黒の画面から怪物が来る。わたしのいちばん身近な友だち。安らぎよ、どうぞ訪れて。安らぎの怪物でもいい」。こんな明晰に自分の感覚を言葉化できるマリリンに精神科医が必要だったとは思えないのに、マリリンは、師匠筋のリー・ストラスバーグらがすすめる精神分析にはまってしまった。しかしこの連中の分析よりマリリンの自己分析のほうがシャープで正しかった。少なくともこのドキュメントを見る限りそう思える▼ビリー・ワイルダーはあちこちで「マリリンにひどい目にあった」と言いふらした監督だが、まあ本当だったから仕方ないとしよう。でもマリリンが「8ページの台詞も言えるのに、つぎのときには頭が真っ白になる。彼女のなかに悪魔がいるようだった」。言い方はどうあれマリリンが尋常の女ではないとわかっていたことは確かですね。彼のお気に入りはオードリー・ヘップバーンみたいなマリリンとは真逆の女優だったけど。マリリンの生涯を思うとき、こみあげてくるやりきれなさは、同情でも哀れみでもない。マリリンもまたアマデウス(神に愛されしもの)のひとりでありながら、自分が幸福になれるはずがないとか、そうなってはいけない人間なのだとしか思えなかったことが不憫なのだ。結婚も成功も「わたしのそばにいるだれかに起きたことのように感じる。そばにいて感じるし聞こえるけど、自分じゃない」こんな欠如感のなかで生きることがつらくないはずはないだろう。神は万人の平凡な女に与える安らぎと自信を、マリリンという天才から奪うかわりに、魔を授けたのだ。イワン・カラマーゾフがいう、たとえ天使のようなアレクセイのなかにもいる悪魔のように、マリリンが自分のなかで覚醒させてしまった魔は、マリリン・モンローという稀なる女性の形をとって生き、不滅の名を与え、肉体を食いつぶしてしまった。

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