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特集「ベストコレクション」

2015年3月1日

特集 弥生3月/ベスト・コレクション グランド・ブダペスト・ホテル(2014年 コメディ映画)

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監督 ウェス・アンダーソン
出演 レイフ・ファインズ/ティルダ・スウィントン/エイドリアン・ブロディ

滅びない「美しいもの」 

 エンディングにこの映画は「ステファン・ツバイクに触発されてつくった」というウェス・アンダーソン監督のメッセージが出ますね。それで初めてこの映画の正体がわかったような気がします。ツバイクはオーストリア・ハンガリー帝国全盛期の作家です。ウィーンは世界の文化の中心だった。シュトラウスが、ブラームスが、カフカ、フロイトが、グスタフ・クリムトが、エゴン・シーレが、ヨーロッパ中から一流のアーティストが集まっていた。才能のマグマが沸騰している時代とは、決して清澄な明るい清々しい時代ではありません。炸裂する芸術の火花のかげにサタンが漆黒の闇をつくっていた。監督はいつものスタイルで、オープニングにクラシックで風雅な、それでいてお菓子のような愛らしいホテルをドーンと真正面から映します。これがグランド・ブタペスト・ホテル。時代は1930年代、ここグスタフ共和国という架空の国に、ヨーロッパ中から一流の客を集めるホテルがグランド・ブタペストでした▼ホテルには伝説のコンシェルジュ、グスタフ(レイフ・ファインズ)がいる。世界からくるセレブ、とくにその奥方たちは彼が目当てである。グスタフの得意のお世話は夜の技である。きょうも84歳の伯爵夫人マダム・D(ティルダ・スウィントン)がご宿泊。新入りのベルボーイ、ゼロはグスタフを師匠と仰ぐ少年だ。グスタフがマダムと一夜をともにしたとわかり「84歳の方ですけど!」グスタフは冷静に「90歳の方もお相手した」。ウェス・アンダーソンの映画とはまるで「鳥獣戯画」みたいなところがあります。アンダーソン監督の「ファンタスティックMr.FOX」はストップ・モーションアニメの傑作です。コミカルにしてリアルな、はたまた残酷な戯画(仮想)世界の構築はこの監督の最もシャープな分野です。本作でもいっさい注釈なく、いきなり登場した人物たちが振り当てられた役割にス~と入っていきます。キャスティングはいちいち書きませんが、レア・セドゥ、ジュード・ロウ、ウィレム・デフォー、ビル・マーレー、ハーベイ・カイテル、エドワード・ノートン、シアーシャ・ローナンらがス~と現れス~と役割を演じてスクリーンから消えていきます▼映画は1930年代、60年代、現代と時系列が交錯します。現代のブタペスト・ホテルはまるで廃墟です。ゼロはすでに初老となり世界のホテル王となっていながら、ブタペストに来たときは窓も風呂もない納屋のような小部屋に泊まる。そこはかつてホテルの従業員が寝泊まりした空間だった。グスタフも、そして駆け出しの自分も。ゼロはがらんどうのホール、閑散としたレストラン、猫の子もいないロビーで客のひとりのジャーナリストに回想する。マダム・Dが急死し、グスタフとゼロは彼女の居城ロッツ城にかけつけた。そこではすでに一族郎党が集合し弁護士の発表する遺言の内容を待ち受けていた。それによってグスタフは「林檎を持つ少年」を遺贈される。マダムの息子ドミトリー(エイドリアン・ブロディ)は、グスタフが母親を殺し名画を盗もうとしていると決めつけた。グスタフとゼロはその夜ひそかに絵画を持って城を脱出し、ドミトリーの追手をかわしつつヨーロッパ大陸を転々とする。戦争が始まっていた。ホテルに来る客はいなくなり、ナチズムの黒い影が華やかな首都と文化を覆っていった▼マンガチックかと思えば生首がかごから掴みだされるシュールなシーンなど、けっこうなダークサイドをあわせもっています。監督が劇中ひんぱんに登場させるお菓子のピンクのムードは平和とメルヘンの象徴でしょうか。出演はほとんどウェス・アンダーソン組ともいえる俳優たちです。ビル・マーレー(「ライフ・アクアティック」)、エイドリアン・ブロディ(「ダージリン急行」)、ウィレム・デフォー(「ファンタスティックMr.FOX」)、ティルダ・スウィントン(「ブロークン・フラワーズ」)。ティルダが例によって悪ノリした84歳の伯爵夫人は、「 スノーピアサー 」のメイソン総督に肩を並べます▼ゼロの語りによって、グスタフは書き換えられたマダムの遺言によって全財産を相続したものの「年をとることはできなかった」、グランド・ブタペスト・ホテルもまた「廃墟」となって朽ち果てるのを待つのだった。ツバイクの運命も戦争に翻弄されました。裕福なユダヤ人の家に生まれウィーンの優れた文化環境のなかで最高の教育を受け、ロマン主義の抒情詩人として文壇にデビュー、ロマン・ロランらと反戦平和の活動に従事し、ヨーロッパの精神的独立のため尽力しました。このあたりの汎ヨーロッパ人としての面影がグスタフに投影されているように思います。1930年代ヒトラーの台頭とともに反ユダヤ主義が強まり、イギリスに亡命、ついで米国に、1941年にブラジルに移住しました。彼にとってヨーロッパとはすでに「失われた世界」でした。翌42年2月22日、妻ロッテとともに睡眠薬で自殺。60歳でした▼しかし、です。確かに哀切の基調はありますが、この映画の全編のすみずみにゆきわたった妙な明るさはなにによるものか。たぶん監督の、滅びようと何だろうと、文化は生きつづけ、芸術も生きつづけ、絢爛と過去に咲いた花はいまも精神の糧として人間を豊かにしているのだという、滅びざるものへの信頼ではないか、というのも「廃墟、廃墟」と劇中くりかえされるホテルの現在は、スタッフが総力をあげた究極のセットで表現され、整然と孤絶したリアリティは、それが「廃墟」だとしたら「廃墟美」ともいうべき美しさで映しだされるのです。滅びないスピリッツというものを、オレ流に再現したらにこんな映画になった、そんなメッセージを感じるのです。自分でも飛び過ぎかなと思いますが、でも無根ではないと思います。

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