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特集「ベストコレクション」

2015年3月14日

特集 弥生3月/ベスト・コレクション ジャージー・ボーイズ(2014年 事実に基づく映画)

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監督 クリント・イーストウッド
出演 ジョン・ロイド・ヤング/クリストファ・ウォーケン

あの頃に帰るために 

 さて本特集のトリはやっぱりこのひと、クリント・イーストウッドです。クリントの次回作が「ジャージー・ボーイズ」だと知ったとき「?」と思いました。彼が触手を動かすものがどこにあったのだろう、それがすぐピンとこなかったのです。もちろん舞台で大ヒットした作品ですから、映画化にも充分な勝算はあったにちがいないですが、クリントが、半世紀以上に及ぶ長い映画人としての人生の総括期に入っているいま、彼の関心をとらえるものが「ジャージー・ボーイズ」だったとは思えなかったのです。これが「バード」ならわかります。クリントを惹きつけてやまなかった男や女=数こそ少ないですが=は、理解されようとされなかろうと、自分の領域で自分の力をメいっぱい使い尽くすことが、彼らの美学だった。カッコつけていえば孤高かもしれないが充分独善的です。そういう性格でなければなしえないことをなした人物を、クリントはよく主人公にしました。「インビクタス」のマンデラや「ミリオンダラー・ベイビー」のトレーナーや、「人生の特等席」(出演のみ)の老いたスカウトたちでした▼たしかに本作にも同種の要素は含まれています。頂点を極めたヴォーカルグループ4人の結成から栄光へ、挫折と解散までの一代記です。彼らはニュージャージーの貧しい生まれの不良少年たち。世に出るのはギャングになるか軍人か、スターになるか。アウトサイダーにはまちがいない。金もコネもない彼らがたったひとつ持っていたのは、曲を作る才能と一度聞いたら忘れられない裏声、息のあった美しいハーモニーだった。「シェリー」の大ヒットによって彼らは第一線に踊り出る。どこでもかしこでも、カエルがひっくり返ったような声で歌う「シェリベイビ」が流れていたことを、少なくとも団塊の世代なら知らない読者はまずおられまい。同時に彼らの不協和音も水面下に流れていた。支配的なリーダーのトミーはとてつもない借金が発覚する。トミーに押さえつけられていたメンバーは、たとえばベースのニックはこういう「奴とホテルで10年間いっしょの部屋だった。楽しいどころか地獄だった。奴は歩く悪夢だ。自分の見た目にも生活にもだらしない。部屋のタオルは使い放題、フェイスタオルもバスマットも。オレが使うときは濡れたなかから探せ。一度なんかシンクで小便した。なぜトイレを使わないときくと、こっちのほうが近いから。まるで山ザルだ」▼ヴォーカルのフランキー(ジョン・ロイド・ヤング)はトミーに「一度でいいから黙ってきけ。お前のなにが悔しいと思う。音楽のために努力しないことだ。相手を言い負かすか、女を囲う部屋を買うだけだ。おれたちのことを友達だといいながらクリスマスに贈り物ひとつ、カード一枚くれたか、子供は元気かとたずねたことがあったか。こんな考えは罪深いが、お前が嫌いだ」。しかしこのフランキーがトミーの借金を全額返済すると約束するのである。彼らの後見人の立場にあるジブ(クリストファー・ウォーケン)は「100万ドル近い無用な借金を背負うのか」「トミーはおれを拾ってくれた。安いものだ」「90歳までツアーだぞ。ローンを組んでやる」「ボブ(作曲を担当)とふたりでなんとかします」。ニックは「降りる。家族のいる故郷に帰る」。グループは実質解散。フランキーは年間200日のステージをこなし、ニックの作った曲の大ヒットもあって、ついに全額弁済する。そのフランキーも無傷ではおれなかった。全米を回るツアーで家はあけがち、妻とは離婚、娘はドラッグのえじきとなりオーバードースで死ぬのだ▼巧みなプロットに誘導されながら、また冒頭の疑問が。なんで彼はこの映画を撮りたかったのか。彼らは確かにアウトサイダーではあったが、充分に恵まれサクセスも手に入れた、クリント好みとするにはちょっと丸すぎるのではないか。はたと思い当たったのは劇中、テレビで「ローハイド」のワンシーンが映ったときです。当時28歳だったクリントを一躍テレビのスターにした番組だ。これか。彼はこの長寿番組に出演しているとき、クレジットなしで監督し、映画を動かすのは俳優でなく監督だと思っていた。「荒野の用心棒」の公開は1964年でした。「シェリー」のヒットは1962年。クリントの雌伏期に彼らは頂点を極めていた。自分より一世代若いイキのいい連中がトップチャートを独占する。人気者とはいえ、ハリウッドでは(たかがテレビのカーボーイ役者)といわれる立場にいる自分は、はや30歳を超え映画でやりたいことをやるどころか、まともな役にもありついていない。この時期のクリントはかなり屈折していて、結婚はしていたものの子供をほしがりませんでした▼クリントにすればフォーシーズンズのヒット曲をきけば当時の自分を思い出すのだ。歌とは、音楽とは、耳ではなく心が覚えているものだ。でなければ「ローハイド」の、自分が映っている一コマを、使う必要もないシーンに入れ込むだろうか。ホント仕方のない…思わずバカといいたくなった(笑)。しかもクリントはフォーシーズンズがロックの殿堂入りをはたした1963年の、エンディングのシーンで「君の瞳に恋してる」や「シェリー」を流す大サービスだけでなく「あのころ、他のことは消え音楽だけがあった。音楽を求めてあの頃に帰るために」とテロップが出ます。野望だけがあったあの頃に…振り返ってみたかったのはあなたでしょう、クリント(笑)

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