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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年3月21日

特集 LGBT-映画にみるゲイ121
美しい絵の崩壊(2013年 ゲイ映画)

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監督 アンヌ・フォンテーヌ
出演 ロビン・ライト/ナオミ・ワッツ

暗黙の前提 

 この映画を「ゲイ」の範疇にいれるのは、確信犯だといわれても仕方ないのですけどね、監督がアンヌ・フォンテーヌでしょう。どこかになにか隠しているような気がしてしょうがないのよね。それがなんだと聞いてもフォンテーヌは「映画は見る人がみるようにみたらいいのよ」というに決まっているからね。たとえば「恍惚」でもファニー・アルダンとエマニエル・ベアールの間にスクリーンに映る限りはなにもなかったですよ、でも底流には映らない交情があると思わせるのがアンヌ・フォンテーヌなのよ。映さないならなんのための映画かといわれそうだけど、本作に関していえば差し障りの無い部分だけを美しい映像にしているように思えるのです。本作は「禁断の恋」だとかなんとか書かれているけど、女同士の親友がお互いの息子を愛したことが禁断なの? あまり一般的なことじゃないかもしれないけど、一般レベルを跳躍してしまうのが愛とか恋とかの始末の悪いところでしょう。身も蓋もない言い方をすれば、4人の間で起こったことはただの歳の差恋愛じゃないですか。ロズ(ロビン・ライト)はリル(ナオミ・ワッツ)の息子イアンと関係したときは旦那がいたから不倫なのだけど、早々に離婚して独り身になっているでしょう。なにか差し障りあるの? アポロのような青年に成長した息子たちをみて「わたしたちの傑作ね」と母親は言う。なんでもかんでもゲイ映画にせんと気がすまんのかと言われそうだけど「わたしたち」なんていうセリフをきけば「ふたりが共有する息子たち」と勘ぐられても仕方ないでしょ▼ロズは冷静でいくら今はラブラブでも、息子たちは若い女と恋愛し、自分たちはいいおばあちゃんになるのだとリルにいい、リルもそれを納得する。息子たちはそれぞれの伴侶を得て結婚し、数年後子供が産まれ、いつも行き来する絵に描いたような幸福な二組の家庭ができる。息子たちの妻たちは自分ら夫婦のあいだに、どこか不具合があると感じる。夫の母親の親友と自分の夫ができているとわかった日、妻たちは即日去る。妻たちの怒りは夫の浮気である。浮気の相手が夫の母親の親友だろうとなかろうと、単なる浮気以外のなにものでもない。こういうさしさわりのない騒動をフォンテーヌはみせておいて、でその後どうなったか。息子たちと母親たちは、いまやだれにも邪魔されず元の関係を復活させる▼おかしいと思うのはね、ロズだってリルだって、お互いの息子と関係することを必死で否定し「いけない、悪い、ダメダメ」と拒否しているなら息子を追い出すか自分が別の職場を得るかして、どこかにいっちゃえばいいでしょ。息子は一人前だし母親には経済力もある。冒頭ロズの旦那がシドニー大学の演劇部の講師に招聘された、家族揃って引っ越そうというもっともな提案にロズは渋る。海辺の町を離れたくない。旦那は開口一番「リルのせいか」と聞く。旦那だってこのふたりは仲が良すぎることにモヤモヤしたものがあったのだ▼彼女らはセックスしたわけでも過去に情事があったわけでもない、単に事実をあげればゲイではないが、夫よりリルとの交友を優先する親密な感情をなんとよぶのか。リルもリルで、ロズが自分の息子とできちゃったとわかった時点でロズの息子と関係するのはまるで「腹いせ」である。だれに腹を立てているのか。まさか息子にじゃない。ロズに、ですよ。ロズが愛するだれかをみつけたことが忌々しい。こういう部分をフォンテーヌ監督はオモテにだしません。あくまで「何かある」その何かがロズとリルを離れさせない、というふうに持っていきます。やはり核心にあるのはゲイだってば。リルはロズがきっぱりと息子と別れたのに、自分はロズの息子とまたくっついてしまった、それに罪悪感を感じ「あなた(ロズ)に悪い」と泣くのだが、さりとてロズはそんな意気地のないリルに愛想づかしするわけでもなく、それどころか嫁たちが孫を連れて出て行ったのを幸い、4人いっしょの暮らしが機嫌よく始まっていることをラストシーンは示唆して終わる。現実ではかなり特殊な設定を、強引に肯定する監督の意図は、どこかで「息子がふたたび別の女をみつけて母親のもとを去ったとしても、それは刷り込み済みで母親たちの関係は壊れない」ことを暗黙の前提にしているからよ。実際この調子じゃ、母親同士の仲がいいかぎりすべて丸くおさまりそうじゃないの。

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