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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年3月22日

特集 LGBT-映画にみるゲイ122
キル・ユア・ダーリン(2013年 ゲイ映画)

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監督 ジョン・クロキダス
出演 ダニエル・ラドクリフ/デイン・デハーン/ジェニファー・ジェイソン・リー

見捨てなさい 

 1950年代のアメリカで現代に続くカウンター・カルチャーのルーツになった、ビート・ジェネレーションを代表する詩人アレン・ギルバーグ(ダニエル・ラドクリフ)と彼のゲイの対象であるルシアン・カー(デイン・デハーン)が主人公。ふたりはコロンビア大学の学生、友人にハーバード大学のウィリアム・バローズがいる。ラドクリフ君が脱ハリポタで奮戦した。恋人ルシアンに思いが通じず、行きずりの男とセックスに及ぶシーン、ラドクリフがシャツを脱ぎ上半身裸になるところから(彼は意外と毛深い)、ベッドインし、果敢に挑戦する多彩なポーズは敢闘賞ものだ▼ルシアンを演じるのはディカプリオの再来と言われるデイン・デハーン。「スパイダーマン2」がありましたね。でも本作でいう「魔性の男」とまではちょっとほめすぎね。彼とシカゴ大学時代の友人デヴィッドはゲイ関係がこじれ、ルシアンは大学を転々としてデヴィッドから逃げ回り「元教授、いま掃除夫」と嘲笑しながらデヴィッドに論文を代作させている。デヴィッドが書き上げてもってきた論文に「ページが多すぎる、5ページまでと言ったじゃないか」とエラソーにいう女王様男。シカゴ大学在学中、ルシアンはデヴィッドとの関係を清算しようとガス自殺未遂をした。デヴィッドが病院に運び込み助かり、ルシアンがコロンビア大学に移ってもくされ縁は続く。アレンは募る恋情に耐え切れずルシアンを抱きしめキスするが、ルシアンはパリへ行くと言う。アレンは「くそ食らえ、インチキ野郎。自分に力がないから僕を利用したのだ」。ルシアンは「君は僕にあうまで平凡な一年生だった。僕のおかげで変われたのだ」となじりあう。成れの果て? とんでもない、まだまだ腐れ縁は続きます。アレンとデヴィッドは振られた者同士、おれたちは同類だなと傷を舐め合うが、デヴィッドはそれでおさまらない。ニューヨークで起こった「デヴィッド・カーメラ殺人事件」(1944)は、ルシアンとふたりきりで外出したデヴィッドが、執拗に性関係を迫り、ハドソン川の畔でルシアンに殺害された、といわれるものだ。ルシアンはナイフで何度もデヴィッドを刺し、ポケットに石を詰め込んでまだ生きているデヴィッドを川に捨てた▼アレンとは情の濃い、というか母親への対応なんか見ていると心根のやさしい青年には間違いない。母親は父親に棄てられ精神を病み、病院を行き来している。アレンはそんな母から呼び出しがあるたびかけつける。ルシアンは逮捕され「検事に供述書を文書で求められた。どうすればいい」とうろたえる。同性愛者に襲われ防御した、つまり正当防衛にしたいのだがデヴィットに代筆ばかりさせてきたから書けないのだ。アレンはなんと「書くよ」と小さな声で引き受けるのだ。まるで蛇に睨まれた蛙である▼アレンは母親に相談に行く。「知人が殺人を犯した。僕に助けを求めてきて混乱している」母親は一言「見捨てなさい」「僕の親友なのだ」「親友? わたしは夫に見捨てられ回復したわ。いいわね」彼女こそ真のリアリストだ。眉ひとつ動かさず、酷薄な愛の世界を耐えてきた母親を演じるのがジェニファー・ジェーソン・リー。いい女優ですね▼しかしまあ、そろいもそろって…としかいいようのないバカバカしさにおおわれている。旧来の価値観をうちやぶると称した彼らが図書館(未曾有の蔵書である)に侵入し、見学者に見せる稀覯本を夜のうちに発禁本にすり替える。仰々しく打ち上げた思想とは似ても似つかぬただのイタズラだ。親の金で有名大学に学び、制度と文化破壊にいきまいている彼らの、実社会とのギャップが露骨だ。バローズと妻の関係は「バローズの妻」で映画化されているが、彼のシニカルなエゴイストぶりも相当で、殺人事件のいきさつを横目でみながら「道化者たちのサークルはこれで終わりさ。ふりだしに戻れ」。そういう彼は妻を連れメキシコに行った。この事件のあと刑務所に入って(わずか18ヶ月)出所したルシアンが、アレンとともに夫婦を訪問する。ルシアンはバローズの妻を愛し、いっしょにニューヨークへ行こうと(彼はUPI記者となっている)いうが妻は同意しない。子供もいる。ルシアンの生活力が疑問だったというより、もうゲイの男はこりごりだったのが本音ではないか。バローズの妻は夫に誤射して事故死とされるが、あの映画でみるかぎり形を変えた自殺だろう▼アレンはアメリカでもっとも成功した詩人となった。バローズも「裸のランチ」でカルト的存在となった。この映画の原題も「キル・ユア・ダーリン」だ。アレンの担当教授が言う「好きなものを殺せ」は、それまでの自分の傾向から生まれ変われということだろう。そうかもしれない。しかしながら愛が覚めつきまとうかつての恋人を掃除夫と呼び、代書屋に利用し殺すことが「好きなものを殺せ」か。アレンはアレンでどこまでも優柔不断だ。ルシアンへの思いが断ち切れずとメキシコまでついていく。男たちは自分の選択だからどうにでもしたらどうでもいいけど、男の得手勝手でふりまわされた女はたまらないわね。やっぱりお母さん、あなたの「見捨てなさい」が正解ね。

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