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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年3月24日

特集 LGBT-映画にみるゲイ124
マイ・マザー(2009年 ゲイ映画)

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監督 グザヴィエ・ドラン
出演 グザヴィエ・ドラン/アンヌ・ドルヴァル/フランソワ・アルノー

女嫌い

グザヴィエ・ドランの騒がれ方をみていて「大人は判ってくれない」当時のフランソワ・トリュフォーを思い出しました。「大人は」の前にトリュフォーは短編を作っていて、年もグザヴィエくらいでした。21歳か22歳ね。グザヴィエの早熟な技巧についてはこの人を思っちゃったわね。三島由紀夫よ。川端康成にみせた最初の短編「煙草」が20歳だったかな。レーモン・ラディゲの「肉体の悪魔」「ドルジェル伯の舞踏会」が19くらいでしょ。みな早死しているわ。トリュフォーが52歳、三島が45歳、ラディゲが20歳。ランボーが36歳。どうみても天寿を全うしたとはいえないでしょ。グザヴィエもせっかくの才能に食いつぶされないよう祈るわ▼この映画に寄せられた賛辞はみなもっともだわ。まずこれね「鮮烈なデビュー、世界を虜にする」認める。「どこにでも転がっている青春を、みずみずしく切り取った愛憎劇」マア認めよう。でも「みずみずしい」以外にこの手の映画のほめ言葉はないのかよ。それになんだ「どこにでも転がっている青春」だって。青春という言葉を古タイヤかダルマころがし程度にしか使えない感性に、ほめてほしくないね。一言でいえば母親を仮想敵とみなして自己成長の踏み台、といって悪ければハシゴにした18歳の青年のお話。ずいぶん調子いいのよ、この主人公。母親がものを食べるシーン。唇、舌、白いクリームを乗せたトースト。唇がめくれ舌がのぞき、バリバリと大きな音をたててパンが咀嚼される。息子のユベール(グザヴィエ・ドラン)がうつむいたまま「ついてる」と指で自分の唇をさす。母親のシャルタン(アンヌ・ドルヴァル)は口をモグモグ動かしながら唇を拭くが「ちがう、こっちだ、まだ…とれた」息子は上半身裸でテーブルにすわり、なるべく母親をみないようにしながら、でもいちいち母親にかまう。母親は意に介さず息子を車にのせ出勤したものの、遅れそうだからここからバスで行けと、さっさと息子を降ろしてしまう。そんなこと言わず送っていってくれという息子に「会社に連れて行けっていうの!」と言い捨てブウィーンと車を発進▼ユベールの独白「母にとってぼくは重荷なのだ。彼女は母親に向かない人だ。結婚し子供を持ったのも周囲がそう望んだからだ。いまだに女性にそういう期待をする人は多い」よくわかった子ねえ。でも思春期の息子の屈折に手をやくのはどこの国の母親も共通。シャルタンもいっしょだ。なにが気に入らないのか、以前はなんでも話してくれた息子なのに今は非難ばかりする、食べ方が下品だ、服のセンスが悪い、話し方に教養がない、子供のころは友達みたいな親子といわれたのに…息子は「母さんなんかキライだ、いっしょに暮らしたくない!」母親「あ、そう。いいけど、お母さん、お腹すいた、ごめんなさい、じゃないでしょうね」「ぼくをあやつろうとするクソ女」ののしる息子が、ある日きく「今日ぼくが死んだら?」黙っている母親。息子は出て行く。彼がドアから出て行ったとき「明日わたしも死ぬわ」こんな殺し文句がちりばめられ、映像はきれいだし、クローズアップの使い方の上手なこと、とくに鼻から下のアップが多く、上唇やチロチロ見える歯の白さや、唇と歯のあいだに身をひそめている軟体動物のような舌がエロチックなのである。ホントませたガキだわ▼この息子がゲイだとわかった。母親のいないシーンでボーイズラブはきちんと描かれています。相手のアントナン(フランソワ・アルノー)が好感度抜群ね。彼は母親とふたり暮らし。自分がゲイであることを母親にうちあけており、ユベールを家に呼んだときも母親はそれなりに対応する。ところがユベールが自分の母親にゲイを隠している、だけでなくアントナンとの関係もカムアウトしていないと知って、こっちの親子はユベールに対し(なんだ、こいつ)って感じ。ユベールの母親に対する態度はますます意固地になり、シャルタンは別れた夫、つまりユベールの父親に応援を頼む。相談の結果寄宿学校に入れることにする。そこでも問題行動がおさまらず、職場のシャルタンに校長から電話が入る。ユベールが失踪したというのだ。校長は「彼のためにも父親が必要です」と言ったものだからお母さんはついにブチ切れ「わたしの母は15年間ウツ病で、夫は育児がイヤで逃げ出した男。わたしは毎朝5時半に起き、息子を育てるため必死に働いてきた。息子の失踪と母子家庭はなんの関係もない。17歳の子供が逃げ出したのを、母親のせいにするのね!」いいぞ、お母さん。世の中には家事と育児がどこまでも女親の責任だと思っているやつが多すぎるのだ▼失踪といいながらユベールは行き先をちゃんと母親に残しているのである。母親と息子が手をとって海辺で夕日をみるラストシーンでは10分間スタンディング・オペレーションがやまなかったそうだ。ふ~ん。カンヌのえらい人らは母親に頭があがらないマザコンばっかりかよ。見逃していない? 彼はゲイなのよ。母親に対する反抗も抵抗も、基本的に女嫌いだからよ。彼の揚げ足の取り方や難癖のつけかたなんか、女には興味も関心もないが母親だけは特別、否定しながら寄りかかるという万国共通のシチュエーションね。母親でもなければ、こういう世話のやける男にかまう女がいるかしらね。もっともそれがわかっていて作っているのがグザヴィエだから、大きなお世話だろうけど(笑)。

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