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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年3月26日

特集 LGBT-映画にみるゲイ126
わたしはロランス(2013年 ゲイ映画)

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監督 グザヴィエ・ドラン
出演 メルヴィル・プポー/スザンヌ・クレマン/ナタリー・バイ

自己愛の男

 主人公のロランス(メルヴィル・プポー)は、自分はゲイじゃない「体は男だけど女になりたいのだ」と言います。恋人のフレッド(スザンヌ・クレマン)は、5年もつきあっていてセックスもして、相性もよくて(なんで今ごろそんなこと言い出すのよ)と二の句がでない。無理ない。たいていの映画であれば苦悩し迷い「決めた、男だろうと女だろうとどっちでもいいの、あなたはあなたなの」で話をまとめるのですが、グザヴィエ・ドランはここから延々2時間近く映画をひっぱります。なにしろ3時間近い長尺です。彼の才能はいろいろ言われますが、コアにあるのは「粘着質」よ。それもディテールをきれいな、きれいな視覚映像に変換するのです、洗練されたテクでね。この映画でいえばラストに主人公の口から蝶が出てくる。蝶のブローチがロランスとフレッドの最初の出会いに使われました。ブリキみたいなブローチは、ロランスの中でこんな美しい蝶に変身し、飛び去るのです▼グザヴィエのフレームはおしなべて、アンドリュー・ワイエスの室内画のように端正でクラシックです。ロランスがインタビューに答える語りで映画は始まります。「ロランス、なにを求めているの」「わたしが発する言葉を理解し、同じ言葉で話す人を探すこと。自分自身を最下層に置かず、マイノリティーの権利や価値だけでなく、普通を自認する人々の権利や価値も問う人を」。これね、一見もっともだけどずいぶんひとりよがりね。こんな男といっしょになった女は苦労するわよ。後年フレッドと別れたロランスは、フレッドの住む同じ町に引っ越してきて、1年半もストーカーみたいに見張って、しかも自分はシャルロットといういい女性と同棲している。シャルロットはロランスを愛している。フレッドはロランスと再会しシャルロットはどうするのかときくと、彼女とはなんでもないと答える。こう言っちゃなんだけど、本質的に自己愛の男なのよ。愛するというのは相手をあるがまま受け入れることで、理解しているかどうかは必ずしも必要じゃないの。まちがって理解していることなんかいくらであるわよ▼フレッドは「女になりたい」ロランスの願いを叶えてやりたい。ロランスを放り出すことはできない。フレッドの妹とロランスの母親がいい。「姉さんは女で男が好き。ロランスは女になりたい。姉さんはさっさと身を引くべきよ」「彼の隣で目覚めたい。彼の腕のなかで」「他の腕で我慢しなさい」(…フレッド泣く)。ロランスの母「これ以上聞きたいことなんかないわ。驚く? なにに驚くの。お前は小さいころ女装していたわ。母親ならお前の告白を聞いて苦しむべき? 冗談じゃないわ。もともと仲のいい家族ではないわ」「ママ、まだぼくを愛してくれている?」「女じゃなくバカになったの?」母親は深々とタバコの煙を吐き、息子をみてほほえむ▼フレッドも最高の女なのだ。初めてロランスをみたとき「すごいことが起こると感じた。だからあなたについていくと決めた。あなたを誇りに思うわ」でもフレッドは田舎町で好奇と差別の目でみられるロランスを守ることに疲れ果てる。レストランで女装のロランスにくどくど質問するウェイトレスにブチ切れ「無神経じゃない、あなた。あなたは黙ってコーヒーを運んでくればいいの」。すさまじいストレスでカフェを出たフレッドにロランスは「ありがとう」と礼をいうのだが、考えてみればロランスはいつもこの調子で、恋人や母親に守られているのである。フレッドはロランスのためにメイクを整え、下着をそろえ、靴を選んでやる。ばっちり女装を決めて出勤したロランスは当然異端視される。クビになる。でもこれは本人が納得してやったことです。世間から異端視される彼を守るための重圧と、ロランスの子をみごもって、中絶したことでノイローゼになったフレッドこそ、ロランスは理解しなければならなかったのではないか。フツーとはちがう自分に世間の風当たりが強いからって、自分への理解のことばかり言うなよ。やがてロランスは詩集を発行して詩人として認められ「女性として老いていくわ」とインタビューで答えている。堂々としたものである。フレッドと3年ぶりに再会する。フレッドは夫と別れロランスはシャルロットと別れている。ロランスがフレッドに言うには「わたしが女にならなくてもふたりは終わっていたわ。わたしたち、もともと社会のはみ出し者よ」「地上に降りてきてくれない?」「そんな気、ないわ」フレッドはトイレにいくと言って席をはずし、そのまま別の出口からひとり町にでる。木の葉の舞う秋景色だ。ロランスもその中を歩いて行く。グザヴィエの男たちってなんでこう調子いいのだろう。ロランスを忘れようと結婚して息子を産み、やさしく経済力のある夫と豪邸に暮らすようになり、少なくとも傍目には幸福だったフレッドに、送られなかったラブレターを千通も書くしつこさ。結果、彼女と同じ町に引っ越し、彼女のことだとすぐわかる詩集を送りつけ女の生活を破壊した第一原因者はロランスだろう。もっとも後先みないで一時の情熱に走ったのはフレッドも同じだけど。詩集を受け取った彼女はロランスに手紙を書く。「ロランス、あなたはすべての境界を超えた。残るのはドアだけ。住所はわかるわね。フレッド」なんてきれいなお手紙。ロランスが落ちぶれ、街頭に立つ男娼となってからの再会でなかったのがせめてもの救いね。繰り返すけど、リアリストにして愛のある母親や妹が、わたし好きですね。

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