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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年3月28日

特集 LGBT-映画にみるゲイ128
ぼくを葬る(2005年 ゲイ映画)

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監督 フランソワ・オゾン
出演 メルヴィル・プポー/ジャンヌ・モロー/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ

残された時間 

 31歳の青年ロマン。ハンサムで売れっこの写真家。ゲイ。美青年サシャと同棲中。健康・仕事・報酬、すべて人生が用意してくれた。順風満帆のとき転移ガンによって余命3ヶ月と宣告される。彼は泣く。怒る。八つ当たりする。父、母、姉。最も親しい家族を傷つける。恋人には愛想がつきたから出て行けという。男同士のセックスはかなり過激です。ロマンはガンであることをだれにもいわず、化学療法も拒否して残る時間にひとりで向き合うと決める。いくつかやることがある。原題は「残された時間」。祖母ローラ(ジャンヌ・モロー)に会いに行き、彼女にだけ事実を告げます。ローラは奔放な女で若いとき子供を、つまりロマンの父を棄て男に走った。くわしい経験は語られませんが、行き来があるのはロマンくらいで、他の家族とは疎遠な様子。なぜ自分に話すのかときかれロマンは「ぼくとよく似ているから。もうすぐ死ぬから」。ローラは「じゃここでわたしといっしょに死のう」と言います。ロマンは涙を流すけど死ねない。おばあちゃんのベッドにいっしょに寝かしてくれと頼む。「いいけど、わたしは裸で寝るのよ」「見ないようにする」▼ロマンは休職し人生の仕舞い支度に入る。ケンカした姉と仲直りし、両親には感謝の言葉を述べる。サシャと再会する。彼は就職先をみつけ元気で働いている、恋人はと聞くと「特定の男はいない、一夜かぎりの関係」ですませている。これで別れるが「最後にセックスしたい」とロマンが言う。「君に触れ、君を感じたい」ロマンの余命を知らないサシャは、彼がヨリを戻したがっていると受け取り「僕にその気はない」と断る。「一度だけ、最後に」とロマンは切実に頼むが、真意がわからなかったサシャは拒否して別れる。カフェで偶然であった顔見知りの女性に、ロマンは代理父を懇請されたことがあった。夫は事情があって子供ができない、夫も承知のうえ自分とセックスしてほしいというのが、ジャニイ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)の願いだった。「子供が嫌いだから」とロマンは断ったが、数日後「受けてもいい」と答え、夫をまじえジャニイとセックスし、彼女は妊娠する▼ロマンはジャニイと夫と3人で公証人を訪れ、遺言書を作成する。自分の遺産はすべてジャニイの産んだ子供に相続させるという内容だ。ロマンはジャニイのお腹をさわり「動いたら教えてくれ」と伝える。「まだ二ヶ月よ」とジャニイ。ロマンは疲れたからとタクシーをひろって乗る。夫婦は肩を並べて帰途につく。タクシーの窓からロマンは去る町並みを見ている。人生ってこれと同じだ。目の前のものが後ろへ、後ろへと去っていく。とどまるものはなにもない。いつもとかわらない見慣れた町の通り、行き交う人、車、男、女、大人、子供、顔や服の違いと同じく、その背景にあるもろもろの生活と人生。建物のショーウィンドウ、レストラン、交差点に並ぶ車と信号の点滅、どこかで聞こえるクラクション。自分があと3ヶ月でもなにひとつ関係なく、自分が死んだあともなにひとつ変わることなく移ろっていく世間。この冷酷さ。この力強さ。この豊かさ▼ロマンは海岸に来る。売店でバスタオルを買い、砂浜に場所をとって敷く。家族連れでにぎわっている。健康な少年たちのまぶしいほど健やかな肉体。ロマンにふと姉と遊んだ少年時代がよみがえる。姉とはふたりだけの姉弟だった。仲直りしてよかった、いい天気だ。死ぬとわかったのである、もうこわいものはないのである。ロマンは海に入り、泳ぎ、砂浜に寝そべる。チョコレート味のソフトクリームを舐める。砂浜で仰向けになって目を閉じると涙が流れた。海の入り日だ。家族連れたちが三々五々去っていく。だれもいなくなった海辺に日が沈む。光を溶けこましたような海の夕陽だ。日没が訪れた。昼が去り、夕になり、夕刻が深まり、もう少しで日は姿を消す、一日の最後の光芒が永遠の未来の最初の夜の入り口に変わろうとする。ロマンは眠っているのだろうか▼これオゾンのどういうメッセージなのでしょうか。少なくとも彼はこのように死んでいきたいわけね。そうね。死って特別なことでも変わったことでもないからね。だれでも死ぬときは「おひとりさま」なのだから、オゾンとしては自分を葬るべき美学ってものがあって然るべきだと言いたいのよ、たぶん。主人公がショックから立ち直り、やさしい気持ちになって、あれをしよう、これをしようときちんと計画を果たし、最後に海辺で息をひきとる、きれいすぎるといえばいえるけど、いいだろ、例によってオゾンの映画とは彼のイマジネーションの世界なのだから。そのなかで現実のかたまりが誰あろう、ジャンヌ・モローのおばあちゃんね。「じゃ、いっしょにここでいま、お前と死のうじゃないの」きっぱり言われ孫はタジタジ、そうだ、いま死んだらまずい、あと少ししか時間はないがやることがまだある、そこで立ち直るのですね。いやはやこの映画のジャンヌ・モロー、もはや妖怪の域に達していますよ。

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