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映画監督特集

2015年5月8日

特集 監督 ジュゼッペ・トルナトーレ ニュー・シネマ・パラダイス(1989年 社会派映画)

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監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
出演 フィリップ・ノワレ/ジャック・ペラン

哀惜という情で見るもの

 名作の誉れ高い本作をについてこう書くと、異を唱えられる読者が少なからずおられる、それを承知した上で書くのですが、映画の完成度としては本作より「マリーナ」や「記憶の扉」のほうがずっと高いと思うのです。この映画の「ゆるさ」を補って余りあるのが、ノスタルジーという纏綿とした叙情であり、むしろその叙情を埋める隙間をつくるために、監督は故意に映画をゆるくしたという気もします。だいいちシチリア出身で世界的になったイタリア映画の監督とは、ジュゼッペ・トルナトーレご自身ではありませんか(笑)。故郷シチリアに30年間一度も帰っていない主人公サルヴァトーレ(ジャック・ペラン)の回想で映画は始まります。村に一軒しかない映画館がたったひとつのエンタメ施設だった戦争直後のシチリア。映画館の名前が「パラダイス」。映画大好き少年トト(のちのサルヴァトーレ)は、映写技師のアルフレード(フィリップ・ノワレ)とケンカしながら、こよない友情を結ぶ▼フィルムから発火した火事でアルフレードは失明、パラダイスは焼滅。映画館がなくなった、楽しみがなくなったと嘆く島民たちに、天の助けか、宝くじの当たったナポリ人がいて、彼の資金で映画館は再建される。文字通り「ニュー・シネマ・パラダイス」だ。トトはアルフレードに教えられた技術で映画を上映し平和に暮らしていた。少年も年頃になり都会から来た美少女に恋をし、相思相愛の絵に描いたような青春を過ごす。ストーリーもさることながら本作が前人未到の大ヒットとなったのは、物語の背景がきっちり精密画のように描きこまれているからだ。美しくわびしい島の景観、貧しく明るい村の人たちの人情、キスシーンは絶対映させないと躍起になってフィルムをカットする牧師、夫の生還を信じて子供ふたりを必死で育てるトトの母。生活の匂いと影。日本人だって覚えはある。掘っ立て小屋みたいな映画館にひしめき「ゴジラ」や東映時代劇をみたのだ。椅子は固い木の椅子で座れるとは限らず、ヒットした映画は立ち見がふつうだった。ただでさえ換気が充分でない不衛生な館内はタバコの煙がもうもう、一本見終わるころは二酸化炭素が充満して頭が痛くなった。貧しく映画しか娯楽のなかった時代の深層体験が、世界中でこの映画に共感させたのだ▼トトの人生も変わる。除隊後島に帰ってみれば、美しい恋人は居所がわからなくなっており、映画館には新しい映写技師が来ていた。アルフレードはトトに言う。「お前の人生はこれからだ。島を出て二度と戻ってくるな。人生は映画とはちがう。もっと困難なものだ。子供のときに映写室を愛したように自分のすることを愛せ」で、トトは母と妹、アルフレードや牧師の見送りをうけて汽車に乗る。それから30年、アルフレードの死の知らせを受け故郷に戻ってきた。島には高速道路が走り母も妹も牧師も映画館の館長もトトも老いている。「パラダイス」は廃墟となっていた。テレビやビデオの普及に映画がついていけず、入館者は減る一方で6年前に閉館したのだ。映画館はその週末、村人たちが見守るなか爆破された▼アルフレードは自分と同じ人生をトトに歩ませたくなかったのでしょうね。映写室に閉じこもり一本の映画を100回もみる。夏は釜風呂のように暑く、冬は底冷えがする。話し相手もいない。アルフレードの述懐はこうだった。「つらい仕事だ。クリスマスも働く。休みは聖金曜日だけ。もしキリストが十字架に架けられなかったら金曜日も働くとこだった。ばかな男だから他の仕事なんか、ないのさ」。アルフレードは10歳から働き小学校も出られなかった。トトの通う学校で、学校に通えなかった大人のための「小学校卒業試験」があり、アルフレードも受けにきた。トトは「子供立入禁止」の映写室に入らせてくれるなら、答えを教える交換条件でアルフレードのカンニングを手伝ってやる。そういった叙情的な部分は文句つけようがないのだけどね、よくわからないのは大人になったトトの、サルヴァトーレの人生観であり人間観よ。おかしいわ、この人。島を出て世間を知れっていうアルフレッドの助言はいいと思うのよ。彼は自分を人生の敗者のように受け止めていたから。でもいい年になった青年が母と妹を置き去り同様にして故郷を出て、30年も知らん顔というのはやっていいことなの? 母親と妹のセリフを聞いた限りでは、仕送りさえしていた様子はなかったわ。しかも飛行機で1時間の距離に住んでいたというじゃない▼ばかばかしいくらい勝手な男だわ。「おれは母さんを棄てた、おれは逃げ出したのだ」と謝る息子に、母親がいうには「村を出てよかった。この村にあるのは幻だけよ。お前に電話するといつもちがう女が出た。でもお前を心から愛している声ではなかった。声を聞けばわかるわ。その声をまだ聞いていない。お前がだれかを愛して落ち着いてくれればうれしいわ」愛情の深い、よくできた聡明なお母さんね。息子はいくらか有名になってはいても、心から愛する女とはめぐりあっていない、貧しい人生だ。母親と妹さえ棄てたやつが、女にやさしくできるとは思えない。感傷を際立たせるための造型だったとは思うけど、主役の魅力のなさって致命傷だわ。もちろんそんなこと百も承知でジュゼッペは作っているのですけどね。消え行く映画館、死にゆく人と思い出、すべての過去。人生には、ただただ哀惜という情で以ってしか見ることのできないものがあります。それがこの映画の本当の主人公です。

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