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映画監督特集

2015年5月9日

特集 監督 ジュゼッペ・トルナトーレ 記憶の扉(1990年 ミステリー映画)

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監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
出演 ジェラール・ドパルデュー/ロマン・ポランスキー

温かい男 

 「映画のたくらみ」とはこういう作品をいうのかと思います。主人公は「過去」です。そのものズバリ、時制の過去。過去とは記憶である、記憶なくして過去は存在しない、記憶を呼び起こすとき、過去は現在になる、まるでマルセル・プルーストの「失われた時」と「見出された時」みたいですが、そういうしかいいようが思い当たらない(笑)。映画のなかで写真が重要な役割をはたします。写真とは現在の「一瞬の切り取り」であり「固定」であり「断片」です。そのとき、そのときの自分の心象を残す手段として、オノフ(ジェラール・ドパルデュー)は、生涯にわたるたくさんの写真を撮っています。彼の尋問に当たった警察署長(ロマン・ポランスキー)が、過去から目をそむけ、逃げようとし、絶望したオノフに、彼の写した写真を机にぶちまける。山のような写真をかきわけ、一枚、一枚手にとってみていたオノフに、愛した少女、情熱を教えてくれた数学の先生、自分が愛した人と自分を愛してくれた人、あらゆる友達と敵、愛したくなかった人、握手してほほえんだ人、何もいわぬ何百の顔。オノフは記憶がよみがえる。彼の過去は告白をきいてみれば、確かにひどいものだ▼山荘で殺人事件がおこり、土砂降りの雨の中を走っていたオノフが容疑者として拘束される。オープニングはエンニオ・モリコーネの神経質な音楽が、オノフのフラッシュバックと入りまじり、夜・雨・殺人・尋問というマイナーな環境を盛りたてる。オノフは成功した作家だ。署長はオノフの愛読者で、代表作の一節を暗唱すらできるが取り調べに手加減することはない。警察署だというものの、いたるところに雨漏りがする。それをバケツや洗面器で受けているが、あふれてきた床はビショ濡れである。ネズミ捕りにはネズミがひっかかっている。署長の尋問はおだやかではあるが執拗で、オノフは高名な作家であり、文化大臣とのアポがある自分に対し、扱いが粗末であると怒るが署長は動じない。みかねた若い署員がオノフにワインを飲ませてやる。気分が落ち着いたオノフは停電の隙をみて脱出するが、狩りの罠に足をはさまれ署に逆戻り。署長は実力行使でオノフを痛めつけ、質問に答えさせる▼オノフの履歴は彼がでっちあげたもので彼は孤児だった。フォーバンという放浪者と出会い、彼が「オノフ」という名を与えた。フォーバンは暇さえあればカレンダーの裏や紙切れになにか書いていた。彼にもらった手紙を読んだときただならぬ文章に驚いた。オノフはフォーバンが残した9冊のノートを、自分の小説として発表し作家として大成功した。その後スランプに陥り、軽蔑すべき小説しか書けなかった。もう生きられないと思った。そんな話を署長はきいている。オノフが窓からみた死体と思った大きな袋には写真が詰まっていた。探してもなかった拳銃は署長が持っていた。やっと停電が直って電話が通じたので、文化大臣や、女に電話をかけるが電話に出た相手は「イタズラ電話よ」といって切ってしまった▼白状すると二度目でやっとこの映画が理解できました。わたしと同じ目にあった観客のために、こいつはネタバレするほうが世のためであるな、と(笑)。それにわかってから見た方がかえって冒頭に書いた「たくらみ」の妙に納得していただけると信じます。この警察署はこの世とあの世を結ぶ中継地みたいな場所で、現世で悔いることが多く絶望して自殺した、たとえばオノフのような成仏できない人が送り込まれてくるのね。署長は彼らの言い分をじっくり聞く「温かい男」(部下が署長のことをそう言っている)で、コンプレックスやら後悔やら、自己否定でもつれきっている「容疑者」の心をときほぐしてあげるのです。もちろんヒン曲がった人も多いですから署長に素直にうちあけたりしない。くってかかったり反抗したり、逃亡したりして世話をやかせる。そんなときは暴力も辞さず、彼らが顔をそむけてきた汚く、暗い、悪にもまみれた自分自身に向き合わせるのです。懺悔聴聞会みたいなものでしょうか。彼らが心を洗い、さっぱりしたところで署長は来世に送り出します。自分は盗作のダメ作家だと生きる希望をなくし死を選んだオノフに署長は言います「山荘であなたの原稿の何ページかを拾い読みしました。崇高だ。未完の小説であってもあなたの最高傑作となるでしょう、オノフさん。よい旅を」自分の心、つまり人の心を救うという難事をやってのけた署長、自称レオナルド・ダ・ヴィンチ署長にオノフは伝えます「お見事でした、署長、難しい仕事を」地味な映画ですがジュゼッペの人間観、人生観が端的に現れていると思えます。

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