女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

映画監督特集

2015年5月10日

特集 監督 ジュゼッペ・トルナトーレ 明日を夢見て(1995年 社会派映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
出演 セルジオ・カステリット

むなしさと背中あわせ 

 ジュゼッペ・トルナトーレの映画には背骨を貫通するキーワードがいくつかあります。「犯罪」「シチリアもしくは幻想と回想」。には「教授と呼ばれた男」「題名のない子守唄」。には「マレーナ」「ニュー・シネマ・パラダイス」「記憶の扉」。とがあわさってなにに合流するかというと「刑務所」か「精神病院」です。ふたつのキーワードがひもといていく物語は、たいていの場合「幻想」をまとっています。いまのところ(2015)彼のいちばん新しい作品である「鑑定士と顔のない依頼人」などは、犯罪あり、幻想あり、妄想あり、回想あり、精神病院あり、まことにトルナトーレ映画の集合というべき感を呈した傑作でした。シチリアも大事なキーワードです。彼はシチリアを回想するごとに、故郷の風土からインスピレーションを得ているにちがいない。本作もまたシチリアの乾いた土、埃っぽい土壌、海からの風、貧しく素朴な村の老若男女が、夢と現実と刑務所と精神病院をつないでいきます。トルナトーレはいったい何が描きたいのか。彼の映画術に圧倒されながらも、やりきれない結末にそう思うことが再々でした。でも今ははっきりわかります。むなしさと背中あわせになった愛に、彼の映画はすべて収斂されていくのです。本作も例外ではありませんでした▼たった1500リラのスクリーンテストが受けられ、映画俳優への道が開ける、スターになれば年収1億リラだ…1953年、ジョー・モレッリ(セルジオ・カステリット)は、ボロカメラを積んだトラックでシチリアの片田舎にやってきて、道行く人にオーディションを開くことを知らせてまわる。村中の人々が熱病のように浮かれ出しおしかけた。ジョーはもっともらしく「右を向いて。左を向いて。ハイ正面」と言いながら顔写真を撮り、簡単なセリフを言わせる。一攫千金を夢見る村人たちはみな真剣だ。孫を連れてきた爺さま。セックスの自慢話をする職人。ガリバルディ戦争の生き残り。ダンテの「神曲」を暗誦する軍人、山賊の兄弟、娘のオーディション代を体で支払う母親、警察署長まで受けにきた。羊飼いもいた。なんでも思いついたことを言えばいいといわれた彼のセリフの詩的なこと。「羊飼いのいいところは星と話せることだ。町の人々は星など気にしない。田舎にすむおれたちはじっと星をみつめ、たまにふしぎに思う。世界はホントに実在しているのか。幻想かもしれない。殺したウサギを見ても同じことを思う。ウサギは生きているときと同じ目で見つめている。昔見た絵のようだ。おれがどこにいても絵はおれをみつめてきた」これ、たぶん監督が自分のこと言っているのでしょうね▼ジョーとは詐欺師だった。次の町で彼は自分の年もわからない孤児のベアータに出会う。ほんの子供だと思っていた彼女の、レンズを通してみた美しさにジョーは金を受け取ることも忘れ呆然。そこへジョーにボスの遺影の撮影を依頼したマフィアがやってきて「死者の名誉を傷つけるとこうなる。徹底的にいためつけろ」とジョーを取り囲みボコボコにする。ベアータは止めに入ったがいっしょに殴られ、ショックで気がおかしくなる。機材はみな盗品、フィルムは期限切れ、甘い言葉につられ農民、娘、学生、警官、みなまんまと騙された。警察署長は言う「みなお前を信じ真実を話した。お前はそれを裏切った。とことん惨めなやつだ」。2年後ジョーは刑務所から出所。自分のトラックを引き取りに行くとだれかが住んでいた形跡がある。ベアータを探していると尋ねると、村の女たちは「知っていてもあんたには教えない」女の子がこっそり「ベアータなら精神病院にいる」とささやいて走り去る。ジョーが病院へ行くと、ベアータはジョーの名前も顔も見分けられなくなっていた。「ジョーだよ」「ジョーは死んだわ」「おれがジョーだよ。迎えにきたんだ。ここを出て、ローマに行こう」空を見つめベアータは繰り返す「ジョーは死んだのよ」。ジョーは話をあわせる。「そうだったな。君当てに伝言を預かっていたんだ。本気で愛した女は君だけだったって。いっしょのときに気づかず、あとでわかったって。サイテーな男だよな。いいかい。君さえよければまた来る」「ありがとう」。トラックで旅だったジョーが収録テープのスイッチをいれる。シチリアの村でオーディションを受けた人々の声が流れる。ベアータはこう言うのだ。「恋愛映画が大好きだわ。甘いキスでハッピーエンドよ」ジョーの回想が浮かんでは消えた。

Pocket
LINEで送る