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特集「ザ・クラシックス」

2015年5月13日

特集ザ・クラシックス ミシシッピー・バーニング(1988年 事実に基づく映画)

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監督 アラン・パーカー
出演 ジーン・ハックマン/ウィレム・デフォー/フランシス・マクドーマン

歩き続ける、来る日も来る日も 

 重いです、この映画。アラン・パーカーの男たちって、こういうタイプが多いですね。覆っているものを剥いで、めくって、剥いで、めくって、現れたもの汚物だろうと怪物だろうと目をそむけず暴き出し、自らの信念を自らに淡々と問うていく。本作の時代は1964年。舞台はミシシッピーという人種差別の強い地域です。ここに描かれた差別は凶悪な犯罪にひとしい。劇中ただひとり保安官代理の妻ベル(フランシス・マクドーマン)は、黒人の子守や赤ん坊にわけへだてなく接しますが夫はそれさえとがめる。町の指導者層の主張は偏見などという域ではない。「ユダヤ人は認めない。反キリスト教徒だからだ。やつらの金融カルテルが共産主義を支えている。ローマ・カトリックも認めない。トルコ人も東洋人も黒人も認めない。われわれアングロサクソンのデモクラシーを守るのだ」こういう主張を物心つくころから教育レベルで差別は教え込まれる。ベルは言う。「黒人への憎しみは生まれつきじゃない。教えられるの。学校で人種差別は聖書にあると。創世記の9章27節よ。憎しみを信じ憎しみの中で息をし、生活し結婚するの」▼ミシシッピー州ジュサップで公民権運動家3人が行方不明になった。FBIは捜査官ふたりを現地に派遣する。ハーバード大出の正義漢ウォード(ウィレム・デフォー)と叩き上げのアンダーソン(ジーン・ハックマン)だ。捜査は厚い壁に阻まれる。だれも口を割らない「黒人に権利を認めようなんて、殺されても当然だ」「探してもなにも出てこないわ。黒人のデッチ上げよ。自分で起こしたトラブルよ」警察も町長も非協力的。保安官助手は「ここは南部だ、地元の者に任せて北部へ帰りな」と冷笑する。アンダーソンは人の集まる理髪店や美容院に聞き込みに回る。警戒を解かない人々のなかに冗談をいいながら入っていく。ウォードはちがう。正論と理想に燃える直球豪速球で勝負に出る。夫のアリバイを握っている妻ベルに「あなたは真実を隠蔽して人種差別の片棒をかつぐのか」と迫り口を閉ざさせてしまう。アンダーソンは花を摘んでベルを訪ね「たいへんだね」とねぎらう▼捜査の行き詰まりに業を煮やしたウォードは、本部から100人の支援部隊を要請し死体発見のため沼をそうざらえさせる。「やめとけ、そんなことをしたら戦争だぞ」南部の反感に火を注ぐようなものだとなだめるアンダーソンに「とっくに戦争だよ」と耳も貸さない。沼からは案の定なにも出てこず、高みの見物の住民は嘲笑を浴びせる。アンダーソンは粘り強く聞き込みにまわる。酒場に入り「野球はどっちが買っている?」と聞く。「野球が好きかね」と店主。「好きだよ。黒人が唯一白人相手に堂々と棒を振り回せるからね」。いあわせて殴りかかる男のタマをにぎり「おれをなめるンじゃねえ!」こんなシーンのハックマンの迫力。彼がふたりといない役者だと思わせます。町ぐるみの差別と暴力はとめどなくエスカレートしていった。黒人の集会所、学校、教会はKKK団の焼き討ちにあい、家族は殺され、焼け出され、子供まで襲われた。仲のいい黒人家族の悲劇に耐えられなくなったベルはアンダーソンに「うちの主人はあの日出かけたわ。家にいなかった。死体は車の廃棄場に埋めたわ」容疑者のアリバイは崩れ遺体が発見された。捜査は逆転した。同時にベルはリンチにあって瀕死の重傷をおう▼ウォードはアンダーソンにささやく「君のやりかたでやるよ」「初めて俺たち、一致したな」実行犯をあげる証拠と証人がほしかった。落ちやすいとみなした男がいた。彼はある夜白い布をかぶったKKK団に襲撃される。裏切り者に報復を叫ぶ覆面たちはたちまち男を縛り首に。木に吊るしあげたとき木陰からFBI捜査官が躍り出て逃走する覆面らを追跡した。恐怖のあまり脱糞した男にウィードとアンダーソンは「お前を見張っていてよかったよ。本当のことをいえばあの連中から保護してやる。いわないならここにいろ」と去りかける。KKK団と捜査官らはあるところまで走り、ハアハアと立ち止まると「真に迫っていたぞ」覆面をとると彼らはFBI。証人をはめたのだ▼3人の葬儀と葬列にウィードは参加しともに歩く。黒人の牧師はよびかけた。「ふたりの白人とこの黒人の若者をミシシッピー州は同じ墓に埋葬させない。わたしにはもう与える愛はない。あるのは怒りだけだ。わたしとともに怒れ。わたしはもう白人のために殺された黒人の葬式に出ることにうんざりし、それを許しているこの国にうんざりした。黒人の奪われることのない権利とはなんだ。法の下の平等とはなんだ。国民の自由と正義とはなんのことだ。わたしは彼らに言う。この若者は黒人だ。だが流された血は赤かった。みなと同じだ」それを聞く黒人たちの表情にもはや涙はない。決意だけがある▼実行犯7人に懲役7年~10年の判決が下る。それが長いか短いかの論議はあるがとにもかくにもミシシッピー州は白人の罪を認めたのだ。画期的だった。判決後黒人たちが歌うゴスペルの歌詞を書いておきたい。「試練のなかで笑うのは難しい。すべての落とし穴をみつけることはできない。でも信じて歩き続けよう。くる日も、くる日も。月曜日も火曜日も歩き続けよう。主にお導きいただき道を歩もう」。任務をおえたアンダーソンとウォードは町を離れる。ベルが自宅にもどると家は打ち壊されていた。どうするときくアンダーソンに「ここにいるわ。自分の家ですもの」とベル。「じゃこれで」「出張先から絵葉書は出さないでね」「そうする」。情に厚いアンダーソンの別れとはちがい、ウォードがこの町を去る言葉はこうだ「町長が自殺した。彼は実行犯ではないが罪に加担してきた。殺したのも同様だ。見てみぬふりをしたものはみな罪がある。われわれはみなそうだ」。アンダーソンは黙ってきいている。墓地に埋葬されたおびただしい黒人の墓標。墓石のひとつにこうある「1964年 忘れまじ」

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