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特集「ザ・クラシックス」

2015年5月20日

特集ザ・クラシックス 私の中のもうひとりの私(1989年 社会派映画)

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監督 ウッディ・アレン
出演 ジーナ・ローランズ/ミア・ファーロー/ジーン・ハックマン/イアン・ホルム

わからんよりはいい 

 ウッディ・アレンのシリアス系です。ヒロイン、マリオン(ジーナ・ローランズ)の独白で映画は始まります。「わたしは50歳。有名女子大の哲学部学部長。夫は医師。どちらも再婚。高名な心臓外科医である彼はわたしの心臓を診て結婚を決めた。16歳の彼の娘ローラは多少わがままだがいい子でわたしとの関係はうまくいっている。わたしは自分の人生を成功だと思っている。順調にいっているものをあえて変える気はない」。彼女は著作執筆のため休暇をとったが、集中したいため自宅のそばのアパートにワン・ルーム借りる。ある日隣の精神科医の診察室から声が聞こえた。通気口から漏れてくるやりとりが邪魔になり、マリオンはクッションでふさぐが、だんだん気になり、つい耳をそばだててしまう▼うまく進んでいるお話に割って入るようで申し訳ないのですけどね、この映画ヒロインが「順調にきた」と信じていたそれまでの生き方が、別の面からみると実に可哀想な、みじめな、ひとりよがりだったと気がつく映画なのよね。それも「うまくいっている」と思っていた義理の娘や、大学のときの親友や、熱烈な愛を打ち明けてくれた恋人のラリー(ジーン・ハックマン)との関係や、自分の夫ケン(イアン・ホルム)との関係さえ砂上の楼閣だったと思わせられる。診察室の女ホープ(ミア・ファーロー)はそれこそひどい心の状態でセラピーを受けにきているのだけど、彼女さえマリオンのことを「きょう、可哀想な人に会ったわ」というくらいだ。どこへいったのだ、サクセスにあふれ輝いていたわが道は。マリオンはすっかり自信を失くし、執筆どころではない。おまけに夫は自分の友人と不倫していることが判明。ドツボにドボン▼ウッディ・アレンはいちいち事こまかに、マリオンが崩れていく経過を教えてくれます。まず夫が「娘はぼくより君を信頼しているみたいだ」とまでいったはずのローラ。彼女がボーイフレンドにいうマリオンへの本音は「自分の好き嫌いを人に押し付けるのよ。上位目線で人を見下すわ。いつかわたしもああいうふうに見られるのかも」。マリオンの親友は「あなたが大嫌いよ。ラリーを誘惑していたわ。自分にその気がなくても男を誘惑し、男がその気になったから離れたのよ」。そういえばラリーとの別れは「ケンと結婚するのか。あいつは俗物だぞ。君は彼の本質がわかっていない」。しかし文壇に認められもしない作家志望のラリーより、将来を約束された外科医のほうが魅力的だったのは事実だ。けっこう自分も俗物なのだ▼「あの子は優秀な子だ。なんでもできる。マリオンの勉強の邪魔をするな」と言っていた父はどうか。「人生の大事なものを知らず、つまらん歴史の研究に没頭し、学者として少しは名前を知られるようになったがそれだけだ、虚しい人生だ」と泣き言タラタラ。勉強ができて野心満々の娘もいずれ親父の轍をふむであろう、というのも最初の結婚でマリオンは中絶した。年こそ離れていたが夫は大学教授、彼は子供がほしくてたまらなかった、なぜ相談もなく「ぼくの子供に勝手なことをした」と嘆く夫に「これからの研究生活に育児はしておれない」とマリオン。もちろんふたりは破局である。壁越しのセラピーを聞いたばかりに、順調だったはずの過去と未来は暗転する。(え~、あの人がそんなふうにわたしを見ていたの)という落差。自分が思っていた自分と人がみている自分のひどいギャップが鮮明になる。綺麗に映っていた鏡にピシピシと音をたてて無数のヒビが入る。結論をいうとマリオンは、元恋人が書いた小説の中の自分がやっとマリオンの自己愛を満足させてくれるものだったので(そうそう、わたしってこの通り、まんざらでもないのだ)と気を取り直し、ラリーの温かさに勇気を得て立ち直ります▼いいたくないけど、ウッディ・アレンにしたらちょっとおめでたくない? 50歳になるまで他人の非難中傷、裏切り、本音と建前に気づかず生きてこられたヒロインって、よっぽど恵まれていたのね。われわれの職場にいるガーリーたちだって女子会でもうちょっとイキのいい反応を示すと思う。ヒロインは50歳だから「大人ガーリー」の飲み会だと設定しても、マリオンの真面目なショックに(なんにも知らなかったのね、お気の毒に)と思っちゃうのが実感ではないか。うまくいっている同性に対する女のねたみソネミって、サクセスの水面下での努力や犠牲に関知しようともせず、ただただあの女が気に喰わないからと報復に執念を燃やすのは「従姉妹ベット」だけじゃないです(笑)。あえていうけど意地の悪い女や男はどこにでもいるし、往々にして彼らの指摘することは、人は多面体だからどんな指摘も、どこかで一部の真実をかするものだ。ま、味方だと思っていた彼らの実像が見えなかった自分の不明を思い知る時って、いやでもあるわ。それが50歳でもわからんよりいいことです。

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