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特集「ザ・クラシックス」

2015年5月21日

特集ザ・クラシックス 好奇心(1971年 青春映画)

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監督 ルイ・マル
出演 レア・マッサリ

人生なんでもアリか 

 裕福な婦人科医の一家。父と思春期の息子3人に若くてきれいな母。母親は16歳で長男を生んだとあとで出てくる。食事は家政婦がつききりについて箸のあげおろしにまで世話をやく。もうひとりメイドがいて、掃除やら洗濯やら家事いっさいをやってくれる。息子たちはタバコ、酒はとっくに覚え、売春宿通いに現(うつつ)をぬかし、末っ子のローランは15歳、童貞であるから、いい女をみつけてやると無理やり娼館に連れて行く、そのほかにローランが覚えたものはレコード店での万引き、兄貴らにパンツを脱がされ長さを見せ合う、ろくに勉強もしない不良どもだ。勉強に集中できないと神父に訴えにきたローランに「悪しき習慣のヤリすぎ」と神父は断定。ローランというのが、ちょうど男の子が背ばかりのびる時期の特徴そのまま、ほっそりとして首が長く、櫛をいれないクシャクシャの髪がいかにも少年っぽく、背中の天使の羽はくっきり浮き彫りになり、半ズボンの制服から長い脚が、不格好に伸びている▼課外授業でキャンプに行ったローランは、下級生の男の子とゲーテの「魔王」を朗読する。この子がローランを慕い、いっしょに下校したりタバコを吸ったりする。キャンプファイアーのそばで炎に照らされながら、少年はローランにすりより、ローランは(寒いだろ)とばかり毛布でくるんでやる。ルイ・マル好みの美少年ばかりだから、モロ少年愛の世界である。ローランはキャンプで猩紅熱にかかり医者から一ヶ月休養を命じられる。父親と母親は保養地まで探し、母親が付き添っていくことになる。まあ、どこまでばからしい映画だろう。脆弱な金持ちの末っ子がわがままいっぱい、したい放題して病気になったら一ヶ月も休養が要るのか、えッ。この映画のメーンテーマは近親相姦らしいが、なかなかそこにたどりつかない。兄たちの悪ふざけと悪態が(そういう時代だったのかもしれないが、メイドや家政婦に対する見下した態度や振る舞いは決して気分のいいものではない)長々と続く悪趣味にもうんざりする。母親が不倫しているらしいこともわかってくるが、だからといって映画はこれといった変化はみせない。つまり、こうなのである。ルイ・マルは「思春期というのはこんなものなのだよ、ブルジョワの家の程度の低さもふくめ」と言いたいふうに映画は進んでいくのだ▼ローランは保養所で同じ年頃の女の子に近づくが、お固いその子はキスもしない。逆にきれいなママは注目され男たちが寄ってくる。革命記念日の前夜祭で保養所の庭はパーティで盛り上がる。この連中、どこが病人なのだ。ママは息子を風呂にいれてやり爪を切ってやり、すべすべした肌を拭いてやる。息子はすっかり有頂天でいい気持ちだったが、ある日ママは男と外泊し戻ってきたものの元気がない。パーティでよっぱらってベッドに倒れこみ、介抱するローランはママのブラウスは脱がせてあげる、ブラジャーは外してあげる、なにやら失意のママによりそって「ママのよさがわからない男がバカだ」とささやき、ママを抱きしめ、ママは抱きしめ返し、トーゼンなるようになります。ルイ・マルはなんにもこみいった意味を与えようとしていません。なるようになったのだからしょうがないだろって感じ。まあそうならざるをえないと思うわ。虐待と暴力と強姦を伴わないのなら基本的にご自由の世界だからさ。おまけにルイ・マルの描き方があの通りなにやらしてもさらさらしてバカにきれいでしょ。究極の少女コミックなのね、この映画▼近親相姦を扱った映画は多いですよ。最近ではフランソワ・オゾンの「ホーム・ドラマ」なんか、すごいママね。息子がゲイで同性しか愛さない、だったらお母さんが異性愛にめざめさせてあげるわとベッドインです。「ジョルジュ・バタイユ ママン」のイザベル・ユペール、ジュリアン・ムーアの「美しすぎる母」いずれもいわゆる「禁断の愛」なのだけど、いまじゃなんというようになったのかしら。本作なんか扱いようによってはジト~となる愛の世界だけど、ママは息子になんといったと思う? 「後悔するお前は嫌いよ。恥ずかしいことじゃないの。いつかきっと美しく貴重な時間として思い出すわ」「これからどうなるの、ママ」さすがにママは「これっきりよ」。翌日保養所に父親が来て兄たちがきて、ローランの様子から「卒業」をみてとった男同士はヤンヤとはしゃぐ。ママもおもむろに微笑を投げる。人生なんでもアリとしかいいようがないわね。ただしこの連中、相手にしたくないわ。

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