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特集「ザ・クラシックス」

2015年5月23日

特集ザ・クラシックス影の軍隊(1969年 社会派映画)

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監督 ジャン=ピエール・メルヴィル
出演 リノ・ヴァンチュラ/シモーヌ・シニョレ

メルヴィルの様式

ジャン・ピエール・メルヴィルは自分の美意識に忠実な映画しか作らなかった作家です。レジスタンス映画といえば、ナチの高官の暗殺とか、アジトの派手な爆破とか、占領軍との激戦とかがすぐ出てきますが「影の軍隊」にはそういうものがいっさいありません。ファーストシーンからメルヴィル様式ともいうべき、孤絶の情景です。雨、無人の農村、農道の向こうから車が1台。1942年、10月20日と字幕が出る。第二次世界大戦中に出版されたジョセフ・ケッセルの同名の小説が原作です。ケッセルといえば「昼顔」の原作者ですね。雨のそぼふるぬかるみの道をジープが上下にゆれながら走ってくる。フィリップ・ジェルビエ(リノ・ヴァンチュラ)は独軍に逮捕され、収容所に向かう途中だ。キャンプに着いた。フィリップの経歴は「頭の回転が速い土木の優秀な技師。危険人物。絶対目を離さず慎重に扱うこと。ド・ゴール分子である」▼フィリップが観察するキャンプの中にはいろんな人種・さまざまな職業の収容者がいた「ロシア人、ポーランド人、ユダヤ人、ベンベル人、ルーマニア人、ジプシー、反ナチ、反ファシスト、闇商人の一団。部屋には薬剤師、共産党員、サラリーマン、大佐、病気の教師、つまり3人のふぬけと子供2人と同室」だった。ゲシュタボの本部に連行される日、隙をみてジェルビエは脱出し、レジスタンス運動に身を投じた。彼はマルセイユに行き、組織の仲間といっしょに裏切り者の同志の処刑に立ち会う。その後ジェルビエはジャンという同志に会う。彼の仕事はパリの女闘士、マチルダ(シモーヌ・シニョレ)に通信機を届けることだった。映画は目立たない地下活動の動きを、地道に描き出していき、飛躍もドラマも感じさせませんが説得力があり、観客はパリの一画の薄暗いアジトに潜伏したような気になってきます。本作はレジスタンス映画ですが、ナチ将校の暗殺もないし鉄道やトラックの襲撃もない、ゲシュタポにはつかまるな、つかまったら逃げろ、拷問されても仲間の名前は絶対に吐かない、裏切り者は処刑、という自分たちの鉄則にのっとっていくつかのエピソードは進んでいく▼メルヴィル映画の男たちはストイックで忍耐強い。アラン・ドロンの「サムライ」でメルヴィルは日本でブレイクしたが、「影の軍隊」のリノ・ヴァンチュラのジェルビエも、メルヴィルが作り上げた主人公の典型だろう。一見非情に見えるのだが、そうとはいいきれないと思う。彼はマチルダの娘がゲシュタポに捕らえられたと聞き、「マチルダを殺せ」と遅疑なく指示する。「それはあんまりだ、マチルダのおかげでお前もおれも助けられたのだ、彼女は偉大な戦士だ。なんとか救出する方法をさぐるべきだ、マチルダを殺せない」と抵抗する同志にジェルビエはこう言う。「マチルダは殺されたがっているのだ。彼女は娘を売春宿に売りとばすという脅しに屈して同志の名前と住所をバラし、われわれがアジトを変えるたび、報告するとゲシュタポに言ったにちがいない。そして解放された。友を裏切り自殺もできない状況にいればお前ならどうする」同志は苦しげに答える「…殺してほしい」。マチルダは路上を歩いているときに射殺されます。ジェルビエにすれば死に場所を作ってやったのでしょう。そのジェルビエも仲間も、結局はだれひとり生き残ることなく、拷問や打首や、自殺、暗殺で消されます▼前述したようにベルヴィルの映画は自身の思い入れの強いものばかりで、とくに本作はレジスタンスの経験のあるメルヴィルが、映画化にかなりの時間をかけて準備した作品です。「影の軍隊」とは招集された兵士でもなく、軍人でもない、自分の意思と信念で戦う無名の市民の活動です。メルヴィルの映画に芯を通すのは、密告と背中合わせの友情、裏切りと隣り合わせの愛、希望を飲み込む絶望の深さ、そんななかで生きる男たちの寂寥と緊張でした。本作のようなレジスタンスに限りません、本作のあとメルヴィルの軸足が犯罪者に移るのは故なしとしません。そこで製作されたのがいわゆるアラン・ドロン三部作です。気むずかしいことで有名なメルヴィルは、本作であれほど息のあった仕事をしたリノ・ヴァンチュラとも撮影が終わる頃はモノもいわなかったそうです。音楽を担当したのはエリック・ド・マルサン。とても印象的なスコアですが、当初予定されていた作曲家は映画音楽の巨匠、ミシェル・ルグランでした。「シェルブールの雨傘」「風のささやき」「おもいでの夏」など、叙情的な旋律で映画より主題曲のほうが有名になった例も少なくない。メルヴィルはでも、自分の作風に、たおやかなルグランの音楽は適しないとあっさり却下、ルグランはルグランで、エリック・ド・マルサンに、自分のことは気にしないで腕をふるってくれと言ったというからえらいです。もっともルグランにしたら、監督がメルヴィルなら、そんなことがあってもおかしくないと予想していたのかも。

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