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特集「ベストコレクション」

2015年6月4日

特集「水無月6月/ベストコレクション」リスボンに誘われて(2013年 文芸映画)

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監督 ビレ・アウグスト
出演 ジェレミー・アイアンズ/メラニー・ロラン/シャーロット・ランプリング

人生に注ぎこむ光

贅沢で凝った数寄屋造りなのだけど、あえて目立たせないことに技を競ったっていう作品があるとすれば、本作なんかまさにそれですね。ビレ・アウグスト監督が「ヨーロッパで最高の俳優を揃えた」とインタビューで言っているけど誇張じゃなかったわ。出演者たちが撮影の合間にくつろいでいるメイキングがあるのだけど、ジェレミー・アイアンズなんかチョコっと後ろ姿とか斜めの横顔とか、雑談中しか映っていないのだけど、どこから見てもバリバリのダンディなのよね。ところが一転、スクリーンの主人公となると、人生にくたびれた貧相な高校教師、奥さんと離婚し薄暗い部屋にひとり古本に囲まれ、出がらしのティーバッグで紅茶をいれるわびしい朝。ぐるぐるチェックのマフラーをまきつけ学校に出勤、雨と風の強い日で彼は傘をふきとばされ、ふと見ると若い女が橋から飛び降りかけている。「待て」といいながら止めに走るが足がもつれ、女にだきついたままドテンと雨の路上に倒れこむ。これがあの、背中にさえ隙のないジェレミー・アイアンズか。本作にはこういう役者がぞろぞろ出てくる▼簡単な粗筋から入ると、スイスのベルンで古典を教えるライムント(ジェレミー・アイアンズ)は飛び降り自殺しかけた女を助けるが彼女は赤いコートを残していなくなる。コートのポケットにポルトガル語の古い本があり、読み始めたライムントは(ここに書いてあるのは自分のことだ)と、情熱に満ちた文章に引きずり込まれる。本にはリスボン行き列車の切符がはさまっていた。その列車は15分後に発車だった。女に切符を渡そうと駅に来たライムントは、ためらううちにリスボン行き列車に飛び乗ってしまった。読めば読むほどその本は魅力的だった。「我々は自己の一部を残し旅立つ。そこを離れても同時にとどまるのだ。自己の内にもどるときにだけみつかるなにかがある」そんなことが書いてある。どことなく深い内容があるらしい文章なのだ(よくわからないのだけど)▼著者はアマデウ・デ・プラド。ライムントはアマデウという人物に魅了され彼を知る関係者をリスボンでたどることになります。アマデウは貴族階級の判事の息子、医学を修め診療所を開設、その一方で労働者階級の親友とともにポルトガル独裁政権へのレジスタンスに加わったことなどが明らかになります。ライムントはアマデウの妹アドリアーナを訪ねる。ドアを開けて姿を現したのがシャーロット・ランプリングである。思わず(え、え~)と息をのむ。老け役のせいというより、その雰囲気に驚愕するのだ。この映画の登場人物はおしなべてみな変わっているが、アドリアーナはその筆頭であろう。彼女の兄に対する感情は妹の域を越えていて、兄が死んだ今も生きているように振る舞っている。診療所では兄の医療の看護師を勤めた。兄を崇拝、畏敬、そしてだれよりも愛しているから「すべてを暗記する女」でありレジスタンスの同志エステファニア(メラニー・ロラン)が現れたときも複雑である。良家の子女である彼女は露骨にいやな顔をしないが、兄は女がいると「まるでわたしなど目にはいらないかのように」おしのけ、兄にそれをさせた女を妹は憎み「決して忘れません」というのだ。ランプリングが陰にこもった気性の激しさを、視線を動かすだけで表す。この女のために兄の人生は悲劇で終わることを予感しているみたいである。映画の中では過去と現在がさらさらと交錯する。ライムントは壊れたメガネを直しにいく。女医さんは彼がアマデウについてしりたがっているとわかり、自分の叔父がアマデウを知っていると教える。この叔父に扮するのが煮ても焼いても食えない役者、トム・コートネイだ。アマデウの過去が詳らかになるにつれ、ライムントは友情、裏切り、情熱に満ちた恋、活力みなぎる彼の痛烈な人生に圧倒される▼とはいえ、監督が描きたかったのは劇的なアマデウの一生ではない。ライムントは職場放棄という、クビになっても仕方のないことをするのだし、初めて会った女医にやさしい言葉をかけられたからと、ペラペラと打ち明け話をする気のいい親父だし、これまで謹厳に勤めてきたから多少の蓄えはあるらしく、着の身着のままリスボンに来たにもかかわらずカードで服を買ったりショッピングしたり、けっこう余裕なのである。それがなんで今さらアマデウの小説で自分探しを始めるなんて、今までよっぽど凡々と生きてきたにちがいない。ライムントは自分でも自分が全然たいしたことのない男だとわかっている。女医とデートしたライムントが「ぼくが退屈でないと言ってくれてありがとう」と礼を述べるシーンがピカっと光っている。でもどんなに凡庸に生きてきた男でも女でも、今までとちがう何か、人生に今までとちがう時間が残されていたことに気がついていけないことはないのだ。人生の重要な分岐点は騒々しい足音も楽隊もなく静かに現れる。晴れやかな演出もなくひそかに忍び寄る。音もなくその光がそそぎこむ静寂の風景をこの映画は現している。アマデウを演じたイケメンはジャック・ヒューストン、祖父が「アフリカの女王」「赤い風車」のジョン・ヒューストン、叔母に「アダムス・ファミリー」「ダージリン急行」のアンジェリカ・ヒューストン。ラストシーンでライムントの人生に「音もなく注ぎこまれる静寂の光」ともいえる一言をいう女医さんが「マーサの幸せレシピ」のマルティナ・ゲデック、後年のエステファニアにはなんと「蜘蛛女」「存在の耐えられない軽さ」のレナ・オリン、アマデウの親友ジョルジェの晩年を「ヒトラー~最期の12日間」のブルーノ・ガンツ、そしてオオトリはこの人、映画の生き証人クリストファー・リー(92)。まさに「ヨーロッパ最高の俳優たち」にふさわしい陣容でありました。

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