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特集「ベストコレクション」

2015年6月15日

特集「水無月6月/ベストクコレクション」アイム・ノット・ゼア(2007年 伝記映画)

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監督 トッド・ヘインズ
出演 ケイト・ブランシェット/クリスチャン・ベイル/リチャード・ギア

ブランシェット独り勝ち

詩人としてノーベル文学賞候補になったり、ピューリッツア賞を受賞したり、時代を映し人生を導く代表的なアーティストとされてきたボブ・ディランを6人の俳優が演じた映画。「アイム・ノット・ゼア」というタイトルは、トッド・ヘインズ監督によると「移りゆく自分、同じ場所にとどまらない自分、常に変化するボブ・ディランをよく表している」。6人が演じたのはボブ・ディランの局面であって、あるときは詩人、あるときは伝統のフォーク歌手にして神父に転身したジャック(クリスチャン・ベイル)、時代の寵児となったロックのシンガー、ジュード(ケイト・ブランシェット)、少年鑑別所を脱走した歌手志望の黒人少年、あるときは荒野の無法者ビリー(リチャード・ギア)、あるときは歌手兼俳優として人気絶頂の役者ロビーだ。つまりボブ・ディランはひとつの像で理解できない多様性にみちたミュージッシャンであり、アーティストだというわけだろう▼なんとなく熱のない書き方だなと自分でも思ながら書いているのだが、理由のひとつは各人のエピソードが独立していて、物語として全然機能していないからだ。ボブ・ディランという人物を知らなければ、映画の切り口・糸口がどこにあるのかわからず、製作者の勝手な押し付けであると思われる。ボブ・ディランの分身を演じたそれぞれの俳優は、おしなべて彼の大ファンらしいが、忌憚なくいうとリチャード・ギアがあのやさしい、穏やかな表情で天下の無法者を演じても、全然説得力はなかったしエピソード自体、あってもなくても全体に影響を及ぼさない。詩人のつぶやきはけっこうおもしろかったけどね。彼は言う「言葉を書かなくても詩人だ。ガソリンスタンドの店員も、靴磨きも。詩人という言葉は嫌いだ。ぼくはブランコの曲芸師さ。目で見て、耳で聞いて、呼吸し、毛穴にすり込む。風は眉間に吹き、わたしの巣に蜜を溜める」あるいは「ぼくは混沌を認める。混沌はぼくを認めるか」意味もヘチマもわからないがなんとなく感覚的に「素敵」と思わせるのだ。詩とはしょせん人をたぶらかすものでなくてなんだろう▼これら「分身」のなかでもっとも時間も長く撮影も丁寧できめこまかく描かれたのがほかでもないジュード。伝統の素朴なフォークからエレキのロックへ転換したときのボブ・ディランに「裏切り者、ユダ(ジュード)」「悪魔!」の罵声がとんだステージ。時代を挑発するボブ・ディランは一面でカリスマ化していき、彼の生まれ育ちを洗い出し「ロックの殉教者」を「フツーの男」にひきずりおろしたがるマスコミ。ジュードを演じたのがケイト・ブランシェットだ。ぎりぎりまでダイエットし、やせてとんがった頬や姿態でボブ・ディランそっくりになった、いやそれだけでなく、ステージでは自分で歌ったという、まさに憑依だ▼この演じ方、つまり女優が男優をやるについては、古くは「危険な年」のリンダ・ハントがいます。主演のシガニー・ウィバーとメル・ギブソンを尻目にアカデミー助演女優賞をさらっていった人。最近では「アルバート氏の人生」で同賞ノミネートのジャネット・マクティアがいますが、ジャネットはじつはもっと早い2003年、舞台はロンドン、劇場はシェイクスピアのグローブ座で「じゃじゃ馬ならし」の男性役を演じています。本作が2007年ですから、そのうち女優の世界の「宝塚萌え」が燎原の火のごとく燃え広がるのでは(ホンマか?)▼ケイト・ブランシェットが神経症的に貧乏揺すりする、同じ癖が黒人の少年にもあり、ボブ・ディランという同一人物につながっていることは示唆されますが、まあ多少の脈絡といえばその程度ですね。ボブ・ディラン自身が自分を多面化し、あえて不可解な存在にしているところもあるでしょうね。この映画で実像があっけなくわかってしまう単純な構成なら、神秘とカリスマのベールを引っぺがす暴露ものとして、製作をOKしなかったでしょう。女優といえばもうひとり、シャルロット・ゲンズブールが、映画にちょこちょこ出ていた当時の、ボブ・ディランのフランス人妻クレアとして出演しています。6人のなかでリチャード・ギアのつぎにボブ・ディランらしくないのがこの俳優役を演じたヒース・レジャーです。ゲンズブールとのあいだに娘がふたり生まれ、ボブ・ディランが実際にそうだったのかどうか知りませんが、劇中「女に詩は書けない」と発言しクレアは「信じられない」これが良心の吟遊詩人として、教祖的存在となったアーティストの言葉かと激昂します。結局離婚となり、夫は「娘はわたさない」といやがらせをする、セコイ男に描かれているところは実像だったのでしょうか、そう思うとおもしろいけどね。まあブランシェットの一人勝ちでした。

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