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特集「B級映画に愛をこめて」

2015年6月21日

特集「B級映画に愛を込めて」マイ・ビッグ・ファット・ウェディング(2002年 事実に基づく映画)

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監督 ジョエル・ズウィック
出演 ニア・ヴァルダロス/ジョン・コーベット

家族、家族がそんなにいいか?

アメリカが移民の国だということを忘れると、この映画の「家族、家族」の大合唱は、ちょっと奇異にさえみえるかもね。家族と家庭がたいせつでない人はいないと思うけど、たとえば「ゴッドファーザー」の家族愛っていうの、日本人の「たいせつ」という感覚とかけはなれているでしょ。血が通った親子兄弟・兄弟姉妹しか信用ならない。そのつれあい、たとえば妹の婿にはファミリーの重要なポジションを与えない、ポジションどころか情報すら教えない。文句をいうと基本的に殺しちゃう。冗談じゃないわ。この映画のヒロイン、トゥーラ(ニア・ヴァルダロス)は、両親がシカゴでレストランを経営するギリシャ人の娘。自宅はパルテノン神殿風、アメリカ国旗の横にギリシャ国旗をたてる父親は娘の婿にはギリシャ人しか認めないという頑固者だが、30歳になる娘には男っ気がない。娘は真面目な勉強家で向上心にあふれ、両親のレストランで働いていたが、ある日レストランの前を偶然通りかかったアメリカ人、イアン(ジョン・コーベット)に一目惚れする。娘は父親を説得し、大学に進学し、みちがえるようにオシャレ上手になり、叔母が経営する旅行代理店で仕事をすることに▼500万ドルの制作費で3億6800万ドルを稼いだのだから、驚異的なヒットですね。女子受け映画の基本路線が「結婚もののハッピーエンド」であることは古今東西の真実なのね。なんだかんだいったところで、守られる安心感に地すべりしていく女性心理は永遠に不滅である。フェミニズムのいう自立の屁理屈なんか犬にでも食われろ(笑)。家族と家庭とは幸福なものという本作の大前提はみごとだ。これ脚本もニア・ヴァルダロスですね。もともと自分の結婚に至った話を、一人舞台でニアが演じていたのを、トム・ハンクスの奥さんが見て気に入り、夫の制作会社で作らせたというもの▼ヒット路線の大道を行くというのか、親父が結婚を許さないなんていったところで、結局親父が折れるのはミエミエだし、母親と親戚一同がイアンの味方になって話をまとめるのも既成路線だし。テレビのホームドラマの世界に唯一リアルな存在だったのが、イアンの両親だ。そう裕福でもなく親戚が多いわけでもない。数の上では嫁の実家が圧倒多数である。パーティに招かれた両親が、思い切り気を張ったという感じの、でも質素な服装で出席する。おみやげの小さな手作りのケーキは、ふんだんにテーブルに運び込まれた豪勢な料理の前に存在感すらない。イアンは気のいい青年で、たいしてハクのある出自前身でもない自分の立場に平気、ひょうひょうと恋人の家族に気に入られ、あっさり宗教も改宗し、大事にされるのはまちがいなさそう。父と母と一人息子という小人数の家庭だったイアンの両親が、あっちをみてもこっちをみても家族、家族の大攻勢に圧倒され、じぶんたちを場違いに思うさまが現実感を与えていた▼それにしても退屈な映画だったわ。あんまりハッキリそれをいうと、まるで人の幸福をねたんでいるみたいに思われるの、イヤだからさ、適当にほめて終わろうと思ったのだけど、やっぱりつまらんものはつまらんな。イアンは結婚してマスオさんになり、トゥーラは大家族をバックに鉄壁の守り、やがて子供ができ家族の絆はますます濃く太く、人生万全の愛の砦が築かれる。友人とこんな話をした。わたし「この映画をみて喜んでおれるうちが人生ハナね」友人「どういう意味?」わたし「人間、はしゃいでいるうちに死ねるのが幸福なのよ」友人「幾分当たっているかも」わたし「ぜんぶ当たっているわ」友人「あなた、ハネケの見過ぎでアタマ悪くなったわ」どっちもひっくりかえって笑ってしまいました。ハネケとはミヒャエル・ハネケ。とっても素敵な、でもどっかいじわるじいさんのようなドイツ人の映画監督です。

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