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特集「B級映画に愛をこめて」

2015年6月26日

特集「B級映画に愛を込めて」グリフィン家のウエディングノート(2013年 コメディ映画)

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監督 ジャスティン・ザッカム
出演 ロバート・デ・ニーロ/ダイアン・キートン/スーザン・サランドン/キャサリン・ハイグル/アマンダ・セイフライド

複雑家族の大団円

ジャスティン・ザッカム監督によれば結婚前はみなクレイジーになるらしい。当たっているかもしれないが、いかにもわざとらしい「クレイジー」ぶりがちょっとしんどいな。粗筋は10年前に離婚した夫婦が、養子の息子の結婚式に出席するため集まることになる。集合するグリフィン家とは型破りにオープンな、彫刻家のドン(ロバート・デ・ニーロ)、離婚した妻エリー(ダイアン・キートン)、結婚して家を出た長女ライラ(キャサリン・ハイグル)は不妊治療中、医師で長男のジャレド(トファー・グレイス)は堅物の童貞、結婚する次男アレハンドロはコロンビア出身で、その婚約者がメリッサ(アマンダ・セイフライド)、ビービー(スーザン・サランドン)はエリーの親友、ドンと結婚はしていないがこの10年間いっしょにくらし、母親代わりとなって子供たちを育てた。そこへアレハンドロの実母と妹が来ることに。実母は超保守的で両親が離婚していることを知ったら即結婚に反対する、式をあげる週末だけドンとエリーは夫婦を装ってほしいというアレハンドロの頼みをふたりは引き受けるが、「じゃ、わたしはどうなるの」のビービーの質問に「二号かな」というドンの無神経な答。ビービーはすっかり気分を害する。それでなくても複雑な関係のグリフィン家はますます混乱を呈する▼監督の意図はこういうことだ。「自分はコネチカット州生まれのグリニッチ育ち。貧しいユダヤ人の立場からクレイジーで金持ちの、素晴らしい家族が壊れたり、元に戻ったりするさまを見てきた。彼らのあいだには愛がある。破綻したり傷つけあったり、遠く離れて住んでいても」という、そのままの映画ですね。なりゆきでドンはエリーとヨリを戻してしまう。彼はエリーもビービーも愛しているが、オープンで奔放で場当たりな言動が、妻や家族や、恋人を傷つけていることに気がつかない。いますね。悪気はないとわかっていてもムカつくことばかり言う人。本人も「悪気がない」ことをカサにきて、態度が大きい。積もり積もってどうしようもないイヤな男になる(女の場合もあるでしょうが)。長男はイケメンの医師で星が降るほど女は言いよるのに、性欲が服を着て歩いているような父親を見すぎてきたせいか未だに童貞。長女は子供に恵まれないことに強迫観念があり、夫とのセックスもうまくいっていない。コロンビアからやってきた信心深い実母は、グリフィン家の風潮が淫乱にさえ思う。次男の婚約者メリッサは気が気ではなく、邪魔が入らないうちにさっさと牧師の許可をもらい結婚式もそこそこに、駆け落ちしてしまおうなんて考える▼これだけ豪華なキャストですからね、粗末には扱えない、ドタバタのなかで登場人物ひとりひとりにスポットをあて、それなりのストーリーを監督はあてがっていくものの、あれもこれも付け足していくうちに、どうでもいいお騒がせが過ぎてしまう。エリーの秘密はドンと別れるまえにメリッサの父親と不倫していたとか、メリッサの母親はゲイで、夫とエリーの関係を知っていたが「夫はわたしのシュミに理解があるの」ととってつけたようなカムアウト。エリーとビービーに「あなたたちおいしそう」と色目を使うところに至っては、それでなくとも現実感覚の遊離したこの映画が、コメディを通り越してばからしくなってくる。次男の実母の堅物ぶりもひとつも説得力がない▼さいわい88分と尺が短くてすぐ終わるのと(長くしようもなかったと思うが)、デ・ニーロやダイアン・キートン、スーザン・サランドンといった海千山千の芸達者が、演技を誇張したり抑えたり、しんみりさせたりしながら最後まで場持ちさせたからだろう。なにもあとに残らないハッピーエンドが、救いになる映画もあるのですね。

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