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特集「神も仏もない映画」

2015年7月1日

特集「神も仏もない映画」反撥(1965年 サスペンス映画)

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監督 ロマン・ポランスキー
出演 カトリーヌ・ドヌーヴ/イヴォンヌ・フルノー

救いのない狂気

カトリーヌ・ドヌーヴが22歳、監督のロマン・ポランスキーが32歳。ふたりのキャリアで最高の映画じゃないかと今でも思える。本作に比べたらポランスキーのオスカー受賞作「戦場のピアニスト」はメルヘンのように叙情的だ。彼が現実社会にぶつける毒々しさ、いやらしさ、憎々しいまでの拒否的な感情は、その激しさに反比例するようにばかに静かだ。無音といってもいい。セリフのかわりに話しかけてくるのは、劇中多用される昔の(たぶんセピア色になっているであろう)写真、オープニングから監督が執拗につきつけてくるドヌーヴの右目の接写。きれいな瞳がかすかにまばたきする。ポランスキーのパーツ・フェチが如実である。何度も現れる料理されたウサギの頭。壁に入る大きなひび割れ。窓から見下ろす隣家の庭、通りを歩く芸人。それらの映像が、モノクロのスクリーンの、サイレント映画のように写しこまれる▼ドヌーヴはほとんどセリフを言わない。言ったとして二言、三言。恋人がデートに誘っても断る理由は「姉と食事するの。たぶんウサギ料理だと思う」男にしたら「姉さんとメシ食うのくらい後回しにしろよ」といいたいだろう。彼は真面目ないい男だ。キャロル(カトリーヌ・ドヌーヴ)が好きでたまらない。無理やりキスするとキャロルは手の甲で唇をぬぐい、うがいする。キャロルは美容院に勤めている。極度に内気で姉ヘレン(イヴォンヌ・フルノー)に頼りきっている。ふたりは姉妹だけでロンドンで暮らす。姉に恋人ができた。不倫だ。夜やってきては声をあげる。男の剃刀が洗面所のコップに入っているのを見たキャロルは嫌悪する。「あの人毎晩来るの?」と姉に聞いたら「関係ないでしょ、ばかね」と姉は言う。生活は楽ではなさそうだ。ふたりの収入でやっとやっていけるくらいだろう。家主が家賃の催促を電話する。きつい口調だ。姉はやりくりして金をこしらえ、キャロルに忘れず払っておいてくれと念を押して男と旅行に出た。キャロルは棄てられたような気がしてくる▼ドヌーヴが素晴らしい。部屋には犬やら猫やらのフィギュアが置いてある。姉に男のことを話題にするときは、むき出しになった肩のあたりをポリポリ掻きながらである。不満タラタラである。ドヌーヴの肢体そのものが人形っぽい。大きな顔、ネグリジェ、ブロンドの髪、動作はノロノロとすべてグズである。なにをやらしてもテキパキしない。職場で上得意女性客のネイルの手入れをしていたら居眠りしているのかと注意された。爪を噛む。蛇口から水を飲む。冷蔵庫には冷えたウサギ料理が皿に乗ったままつっこんである。姉の部屋に入りクローゼットから姉の服を取り出しベッドに横たわる。バスの湯は出しっぱなしで水浸しにする。だれもいない部屋にひとりいるうちに、キャロルの意識は日常から乖離した異域に、いつのまにかすべりこんでいく。不審な音がどこからかする。ハエの羽音が聞こえ壁に亀裂が生じた。だれかが入ってきてキャロルは犯される▼職場は3日無断欠勤した。オーナーは叱るより前に、髪ボサボサで出勤したキャロルが不気味になる。同僚はチャップリンの映画の話をしてキャロルを笑わせるが、バッグの中につっこんであるウサギ料理の頭を見て驚倒する。家に帰って休めといわれキャロルはアンドロイドみたいな歩調で家路につく。恋人が心配してアパートに来る。ドア越しに「たのむ、なにか言ってくれ」答えがないのでドアを体当たりで開け「すまない、ただ会いたいだけなのだ」そんな恋人の懇請を聞いても、彼が背を向けた隙に後頭部を鈍器で殴り殺すのだ。つぎは家主だった。家賃の取り立てにきた家主はキャロルが姉から預かっていた現金をわたすと、ジロジロとネグリジェ姿を舐めまわし、話を長引かせて居座る。暗い閉ざされた室内を「まるで精神病院だ」といい、キャロルのそばににじりよってくる。キャロルは背中に隠し持った剃刀を一閃、首、腕、手、喉と切り刻んでいく▼妄想と幻影はさらに強くなった。壁の両側からニョキニョキと腕や手首が出てキャロルをつかまえようとする。侵入者は何度も犯す。キャロルは裸足で室内を歩き、電話のコードを切り、男が脱ぎ捨てていったシャツの臭いをかぎ、アイロンを充てる、でもコードは電源に入っていない。窓ガラスにカリカリと無心に書付け、ルージュを引き鏡に微笑む。ときどき鼻の横をこすり、肩を軽くゆすりながら歩く。壁の裂け目はますます大きくなった。部屋中は散乱し、キャロルはフリフリのネグリジェも脱ぎ捨て、爬虫類のように全裸で床を這っている。ドヌーヴの棒読みに近いセリフ。キャロルが恋愛を含む愛というものに何の期待もしていない、氷のような狂気を全身から放射する。あやうく、しどけなく、孤立し、拒絶したエロチシズムを禍々しいまでに発散する▼キャロルの、姉への異常なほどの依存をみれば、少女時代充分に、特に母親から愛を注がれたとはいえないのだろう。家族写真はあるが母親の写真だけが別に飾られている。集合写真のなかで家族から顔をそむけたキャロルは嫌悪を隠そうとしていない。ポランスキーは意味ありげにくどくどとなんどもこの写真を観客に示し、ほらね、わかるだろう、といわんばかりだ。ポランスキーの少女好みは淫行容疑やら、ナスターシャ・キンスキーが15歳のときからの関係などで再々ニュースになってきたが、劇中一度もドヌーヴに成熟女性としてふるまわせていないことも、彼の「美少女フェチ」が充満している。姉が旅行から帰宅し、密室の殺人はすべて明るみに出る。ベッドの下に潜んでいたキャロルが餓死寸前でひきずりだされ、救急車に運び込まれる。この美しい少女チックな連続殺人犯を、ポランスキーは生かしておいただけでなく、罰するふうもない。彼はとことん、無邪気なまでに救いのない、いかれた女が好きなのだ。

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