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特集「神も仏もない映画」

2015年7月2日

特集「神も仏もない映画」ベロニカ・フォスのあこがれ(1982年 事実に基づいた映画)

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監督 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
出演 ローゼル・チュヒ/ヒルマール・ターテ

救われないヒロイン

本作のハリウッド版が「サンセット大通り」と言われますが、ヒロインの在りようは全然ちがうわね。「サンセット」のグロリア・スワンソンが演じたノーマ・デズモンドは、幽霊屋敷のような荒れ果てた屋敷に住む落ち目の大女優だが、過去の栄光に復帰しようと、自分を主人公にした脚本を書かせる。脚本家はズルズル、ノーマと深い関係になるが、ノーマの神経が正常ではないと気づいて豪邸から出ようとすると、怒ったノーマはいうことをきかない男を撃ち殺してしまう。ノーマは自分が現役の大女優だという錯覚のままエンドを迎える。狂っていようとどうだろうと、ノーマという女性は好き勝手な攻撃的な妄想で周囲の人間を枯らしたのだから、ある意味すごいパワフルなのよね。本作のベロニカ(ローゼル・チュヒ)の場合、戦後ドイツというドン底の時代のせいもあるけど、全編これペシミズムが充満している。監督が監督だから仕方ないですが、ベロニカの場合財産はまきあげられる、麻薬によって病人にはされる、監禁されたあげくに殺されてしまうのだから、踏んだり蹴ったり。はじめからおわりまで終始一貫、人生と人間に対する不信と敗北感が満ちあふれています▼(ああ、いやだ、いやだ)といいながらそんな映画をなぜ見るのか。ファスビンダーは舞台の演出・脚本の出身だからセリフがもともとテキパキしています。本作の白黒フィルムは、ベロニカの感情の移ろいをそのまま光と影で表す。ベロニカと新聞記者ロベルトが出会うのは雨の夜である。ベロニカの暗い美貌と妖しさが「雨と夜」の陰気なシチュエーションによって際立つ。ファスビンダーの計算しつくしたシーンです。豊穣な映画言語というか、惜しげなく繰り出す奥の手というか、観客はファスビンダーが張り巡らした網にからめとられる。現在の過剰な映像技術にたよらない白黒の画面は、慎ましいというより厳しく洗練されています。ベロニカはロベルトのさしかけた傘に入りいっしょの電車に乗り、異常なほど他の乗客をこわがる。「わたしだということがわかるとまずいわ」…でも乗客はだれもベロニカなんか知らない。ビクビクしたヘンなおばさんという目付きにすぎないのです。自己演出過剰のベロニカにロベルトは興味をひかれる▼ヘンリエッタという恋人がいるにもかかわらず、ベロニカと約束したレストランに行ったロベルトは、ベロニカに300マルク貸したまま詐欺同様の目にあう。事実ベロニカは現金のもちあわせがない。戦前の大スターではあるが今はおちぶれてどこに住んでいるのかさえ、だれも知らない零落の身である。ロベルトはベロニカが発散する謎にますますひかれ身辺を調べる。古い住所には老夫婦が暮らしていた。隣にはカッツという女医が診療所を開いている。ロベルトはカッツ医師を訪ねるが手がかりは得られない。このあたりからベロニカ・フォスの存在そのものがミステリーとなっていきます。ロベルトがアパートに帰るとそこにベロニカがいた。情事のあと発作を起こしたベロニカは主治医のところへ連れて行ってくれと頼む。ロベルトが連れていったところはカッツ医師の診療所だった。過去の栄光と現在の落魄のはざまでベロニカの神経は引き裂かれ分裂症を呈しており、薬でしか安定させられないのだとカッツは説明した▼カッツのそばには正体不明の黒人がロベルトにろくなあいさつもせず、ガツガツ皿の食べ物を平らげていた。ロベルトはどこか不審な空気がカッツの周辺にただよっているのを感じる。ロベルトはベロニカの別荘がカッツのものになっていることをつきとめ、カッツの正体が遺産ねらいの殺人犯だとロベルトは目星をつける。金持ちで独身の年配者、それも孤独にさいなまれ神経を病み、カウンセリングをたよってくる患者を、治療と称して薬漬けにし、自分を遺産相続人に指定させるという手口だ。ロベルトは恋人のヘンリエッタに「セレブの独身者」を装わせカッツを受診させ、うまく入り込むが疑惑を感じたカッツの指示でヘンリエッタは殺されてしまう。ロベルトは刑事を同行してカッツの診療所にふみこむが、個室に収容されているベロニカがカッツにだきこまれ、証言させることができず事件として立件できなかった。しかしベロニカがいる限りロベルトの調査は続くとふんだカッツは、ベロニカを監禁し、餓えと乾きと薬物の過剰摂取で殺してしまう。新聞の一面を飾るかつての「大女優の死」を読んだロベルトは、虚しく街を歩く▼ファスビンダーのいわゆる「西ドイツ三部作」の最後を飾る映画です。あまりにも救いのないベロニカの終焉は、第二次世界停戦後のドイツが、過去、とくにヒトラー支配からの脱出をめざしていた時期と重なります。救いがあろうとなかろうと過去は過去となっていく。神経のどこかが麻痺しそうな辛い映画です。

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