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特集「神も仏もない映画」

2015年7月9日

特集「神も仏もない映画」カッコーの巣の上で(1975年 社会派映画)

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監督 ミロス・フォアマン
出演 ジャック・ニコルソン/ルイーズ・フレッチャー

絶賛する名作か?

そんなに名作か、この映画? 悪くはないと思うけど、人間の尊厳云々かんぬんとまで絶賛するのに首をひねる。精神病院で人格を無視した管理体制を敷いている、特にラチェッド婦長(ルイーズ・フレッチャー)の指導は教条的で、融通がきかないだけでなく、患者側にたった配慮が感じられない、規則をおしつけるだけで自由がない、しかも彼女の強圧的な圧政にみな萎縮してしまい、モノをいうにも顔色をみている、これが気に入らんというのが新入りのマクマーフィ(ジャック・ニコルソン)なのね。最初はそうでもなかったが、婦長もマクマーフィの反抗に、個人的な嫌悪が混じっていることを感じて、ルールをたてに彼の主張を拒否する。要は、マクマーフィは婦長が嫌いなのよ。マクマーフィのような男がどうしても好きになれないのが婦長のような、きちんと型に入って整った女、しかもある程度の権力を持ち自分の上に立つ女なのね▼マクマーフィは女嫌いではない、どころか、クリスマスの夜に無断で呼び入れた女たちに、若いやつの筆おろしをさせてやってくれと頼むし、ツーカーで仲のいい女は何人もいる。彼の罪状には強姦か強姦未遂もあったはずだ。婦長は彼とウマのあう女と真逆のタイプで、勤勉なうえ、男社会にあって婦長という地位にある。べつにエラソーにしているとは思えないが、マクマーフィのように野放図な男、人の頭を抑えても自分の頭を抑えられないことに居心地のよさを覚える男からすれば、婦長はタカビー女の見本である。彼のこういう性格をもってして、イコール彼の要求は自由を求める権利のうえに成り立っているとするのは筋違いだと思うが、なんだか本作は婦長が非人間的だということで点が辛く、マクマーフィの傍若無人なトラブルの嵐に、妙な人間的価値を見出さねば糾弾されるような風向きなのである。確かに婦長の統制一点張りは、問題はあるかもしれないし、ゆきすぎも指摘できるかもしれないが、彼女の言葉尻をとらえ、箸の上げ下ろしにまで反抗するマクマーフィだってほめられたものではない。普段の素行が反抗的で、しかも型破りな違反をしでかしたとなると、相応の処罰はあって当然である。それがロボトミーだったというのは別の問題だ▼彼が婦長の首を締めたのは、自分が可愛がっていた若い患者ビリーを自殺においやったのが婦長だと思ったからだ。ビリーはマザコンで母親が怖く、母親に言いつけられることを異常に怖がっている。彼はマクマーフィが病院に連れ込んだ女のひとりと気があって、やっと女を知ることができる。それと(これもどうかと思うのだが)、自由を求め精神病院を脱走するはずだったマクマーフィが、どんちゃん騒ぎで酔っぱらい、翌日職員が出勤するまで前後不覚で眠り込んでいた、部屋のひとつにはビリーが女とベッドにいた、たちまち職員がとりおさえ、事情を聞いた婦長は「お母さんに報告します」と宣告、ビリーは「言わないで」と懇願する。みせしめもあるから婦長は頑として曲げない。一瞬の隙をみてビリーはガラスの破片で喉を掻ききる。マクマーフィは逆上し婦長の喉につかみかかった…▼院長の信頼厚いラチェッドに「あのクソ婦長」とののしるマクマーフィは、彼女の業務上の逸脱行為や不手際を指摘するとはちがい(彼女は優秀な看護師だ)、どうみても(虫が好かない女)レベルの反抗である。患者を魚釣りに連れていってやったらみな楽しくすごした、テレビの野球の実況放送をみせてやってくれ、管理、管理の体制のここを変えたら、患者たちの病状だって改善できるかもしれない、マクマーフィがホントに主張したいこと、婦長に伝えたいことはそっちのほうだったと思うが、彼の粗野な、向こう見ずの「婦長のような女が大嫌い」の行動が、彼のやさしいとさえいえる真意を、台無しにしてしまうことに気がつかない。そんな理路整然とした頭脳なら精神病院にはこないというかもしれないが、入院患者の大半は自ら入院を望んでいるのであり、マクマーフィが送り込まれたのは、精神疾患を装い作業を怠ける疑いがあると診断されたからだ、という設定だった。どっちかといえば彼は賢いのである。精神病院の「非人間的措置」が過剰にドラマチックになっている。みな好きなのね、奪われた自由、それを勝ち取る体制への反逆。どれも当たっているし、忍耐に忍耐を重ねる地味な主人公では迫力に欠けるだろうが、マクマーフィのような狡猾な男がドジをふんだのは千慮の一失であり、その一失はたぶん相手が女だったから、それも大嫌いなタイプの女だったからではないか。マクマーフィのヒューマニズムが踏みにじられ、ロボトミーによって廃人にされた、これを非人間的といわずなんというか、といわんばかりの受け取り方は、それこそミソもクソもごっちゃにしている。

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